だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
第三節・UnbalanceDesire編

492.─Game Start─

「ねぇねぇミシェル、本当に行くの? 絶対このままここにいた方がいいよ。なぁセインからも何か言って!」
「……決めたのはミシェルだ。オレ達は彼女の護衛として同行するだけ。違うか?」
「もーっ! セインの頑固! 偏屈! 木偶の坊!!」
「それは言い過ぎじゃないか」

 出発直前(・・・・)になって、ロイが行きたくないと駄々をこねる。だけど、妙に乗り気のセインに窘められ、結局ロイは大人しくなった。
 どうしてロイがそんなに嫌がるのか分からないけれど、あたしはどうしても行かなければならない。
 みんなに愛されたい。
 普通の幸せが欲しい。
 そんなちっぽけな願いを叶える為にも、彼等に会いに行かなければならないのだ。

「──愛し子と、その護衛二人。他の同行者達は明日合流予定だから……うん。ちゃんと揃っているね」

 白鳥の羽で撫でられるような柔らかい声。純白の長髪を揺らしながら現れたのは、人類最強の聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーン。
 以前と比べて最近の彼が優しくなったのは、きっとゲームがそろそろ始まるからなのだろう。──つまり、ようやくあたしはみんなに愛してもらえるのだ。
 ずっとずっと欲しかったものが、ようやく手に入る。
 その事を噛み締めると、自然と心が穏やかになる。その所為か、最近ではあたしも大人しくなったと言われる事が増えた。

 確かに……ここに来たばかりの頃は、思い返して自分でも引いてしまうようなヒステリックぶりだった。
 あたしが一番嫌いなタイプの人間だったのは間違いない。だが、あの頃と比べて今のあたしはかなり落ち着いた。
 ミシェル(・・・・)から(・・)何度も夢の中で諭され、ゲームがもうすぐ始まるという事から心に余裕も生まれ、ようやくここまで大人しくなれたのだ。
 自分で自分が嫌になる。ここまでしないと普通の人のように穏やかに生きられない事が、悔しくてたまらない。
 ……たとえ生まれ変わっても、あたしはあの母親の娘なんだな。

「いやはや……まさか姫ぎ──ごほんっ、フォーロイト皇室から親善交流の打診があるとは。これを機に、国教会がフォーロイト帝国とより深く綿密な関係になるといいのだけど」

 フォーロイト帝国から来たという招待状を手に、ミカリアは微笑む。
 ミカリアの反応が少し変だけど、おおよそはゲーム通りだ。──フォーロイト帝国からの親善交流の打診があり、ミシェル(あたし)はそれを受けて帝国に行き、フリードルとマクベスタと出会う。
 あたしはそれが楽しみだった。もし親善交流の打診がなくとも自ら帝国に向かおうかと考えていたぐらいには、楽しみなのだ。

 カイルとアンヘルはハミルディーヒに戻れば多分会えるし、サラも……探せば今もこの都市のどこかにいる筈。
 だが、フリードルとマクベスタはそう簡単に会えない。
 彼等のいる帝国はあたしの出身でもあるハミルディーヒとは敵国同士であり、現在あたしが所属している国教会ともそれ程親密ではない。
 なので、正攻法で彼等に会うのは困難を極める。
 だからこそこの親善交流の打診をずっと待っていた。ちゃんと打診が来ますようにと毎朝毎晩神様に祈っていた。

 わーい! ちゃんとお誘いが来た〜〜っ!
 これでようやく……っ、フリードルに会える!!

 前世のあたしの推し──それはフリードルだった。
 ミカリアも勿論好きだったんだけど、初対面の時のフリードルの冷たさと、仲良くなってからの優しさが、似ていたのだ。
 ……誰に似ていたのかは思い出せない。だけどその誰かに似ている気がして、あたしはミカリアよりもフリードルが好きだった。いわゆる、最推しというものだったのだろう。
 自分に出来る精一杯の方法で懸命に愛を伝えてくれるフリードル・ヘル・フォーロイトというキャラクターが、愛情に飢えていたあたしにはとても眩しく見えた。あたしもこんな風に愛されたいと思った。

 そしたら、なんとミシェルになったのだ。
 皆から愛されるヒロイン。とっても可愛い女の子。
 ゲームのようにすれば、きっと──あたしはゲーム通りに皆から愛してもらえる。ミシェルのように幸せになれる。
 あたしもようやく、人並みに幸せになれる。
 そしてあわよくば……幸せになる時は、あたしが心から愛せてあたしを心から愛してくれる人に、隣にいて欲しい。

 それならばフリードルが一番理想に近いのでは? だって最推しだし?
 それに……ここはゲームの世界だけど、今のあたしにとっては現実そのもの。ならば──……ゲームにないエンディングだって見られるんじゃないか?
 女の子の夢そのものといえる逆ハーレム(・・・・・)だって、ヒロイン(あたし)なら実現出来るのでは?
 そう結論を出し、あたしは毎日せっせと礼拝堂に通っては神様にお祈りしていたという訳だ。

「そんなにニコニコ笑ってどうしたの? すっごく可愛いけど」
「えっ? あ、ううんなんでもないよ! フォーロイト帝国に行くのが楽しみだなあって、ワクワクしてたの!!」

 ロイがあたしの顔を覗き込んでくる。どうやら、随分とだらしない表情になってしまっていたらしい。

「ふーん……神々の愛し子としてのお仕事だけど、きっと観光する時間もあるよね。その時は一緒にお出かけしよう、ミシェル」
「そうだね。セインも一緒にどう?」

 どうせならセインも一緒がいい。そう思って彼を誘ったら、

「……構わない。フォーロイト帝国などという場にオマエ達のような子供を放り出す訳にはいかないからな」

 なんとも彼らしい、回りくどい言葉が返ってきた。

「嫌なら来なくていいよー? おれはミシェルと二人きりでも全然いいからさ」
「誰も嫌だとは言ってないだろう、早とちりするなこのバカタレ」

 ゲームでは犬猿の仲だった二人がこうして仲良くしているところを見ると、なんだか感慨深い。
 微笑ましい気持ちで彼等の言い合いを眺めていると、ミカリアがおもむろに手を一度叩いた。すると二人は口を閉ざし、ミカリアへと視線を移した。

「喧嘩する程仲がいいとは言うけれど、今は言い争う時ではない。僕達は少しでも早くひめっ──ンンッ、フォーロイト皇室からの要請に応え、親善を目的とした交流を持たねばならない。それは分かっているかい?」

 あたし達を一人一人見つめてゆき、ミカリアは更に続けた。

「僕達の目的はあくまでもフォーロイト皇室との親善交流……遊びに行く訳ではないんだ。未だ宗教の統一を行わない稀有な国に、我等が天空教を広める絶好の機会とも言えるだろうね」

 話が進むにつれ、ミカリアの言葉に熱が篭もりはじめる。その表情もまさに真剣そのもので、あたしは思わず固唾を呑んだ。

「近頃、かの帝国には異教徒が住み着き威勢よく振舞っているとも聞く。そのような状況だからこそ、国教会とフォーロイト皇室との仲を深め、異教徒を排──……追い払う必要もあるんだ」
「聖人様、今絶対排除って言おうとしたよね」
「相当異教徒の存在に憤っておられるのだろうな」

 ミカリアの揚げ足を取るように、二人がヒソヒソと話す。だがそれも聞こえていたらしいミカリアが咳払いをした事で、ロイ達は改めて静かになった。

「だから今回、君達二人の同行も許可したんだ。ロイ、そしてセインカラッド……君達は愛し子と共に、国教会の未来を担う若者の代表者らしく振る舞うように。僕は帝国滞在中、用事があってそれはもう忙しい──……だから、僕を頼る事は出来ないものと思っておきなさい」
「はーい。ミシェルと一緒に頑張ります」
「肝に銘じておきます」

 やけに熱が入ったミカリアの演説が終わると、いよいよ帝国へと向かう時が来た。
 期待と感動に胸を躍らせるなか、ついにミカリアの瞬間転移が発動する。
 白くて眩しい光に視界を覆われた。そうして、次に目を開けた時。

 あたしは、歯車が動き出すような──……歪な祝福の音を聞いた。
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