だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

506.Main Story:Others3

 この二作目(ファンディスク)の世界では、本来一堂に会する事などまずありえない攻略対象達が──……ここに集結してしまった。
 それを唯一理解するカイルは酷く当惑していた。一体何が起きているのかと。
 そして、彼は更なる混乱を与えられる事となる。

「──っ!?」

 目が、合ってしまった。
 ずっとミカリアの後ろにいた少女を、見てしまった。
 だからだろうか。カイルは、心臓を鷲掴みにされたような痛みを覚える。

(なんっ、だ……これ……!? いやだ、俺は……っもう二度と……恋なんてしたくない────ッ!!)

 その痛みは、突如溢れ出した得体の知れない()への拒否反応であった。
 恋や愛というものに生理的嫌悪を抱く彼だからこそ起きた、自己防衛機能の発芽と成長。言うなれば──他の者達にはない自動抵抗装置。それによって、カイルは難なく自己の書き換えを免れた。

(……なんだ、このムカムカする感情。あの女を見てから沸いてきたものだが、全く分からない。さっさと忘れよう)

 だが中には、アンヘルのように記憶と感情が連続していないからこそ自己の書き換えがまともに機能せず、始まる前から何も起きない者もいた。
 自身の忘却性を利用して余計な感情を処理する余裕すらある程。

(ミシェルを見た瞬間、俺自身が歪められるような感覚に陥った。これは……前にも一度感じた強制力か! これを既に味わってたから、フリードルとマクべスタはあんな事を言ってたんだな)

 落ち着きを取り戻し、カイルは黙々と状況を整理する。
 だが、その頭は再度かき乱される。

「……なんで、カイルとアンヘルもここにいるの……?」

 ミシェルの口から零れ落ちた、とても小さな呟き。
 それは有り得ざる言葉。彼女がミシェル・ローゼラである限り、絶対に紡がれる筈のないものであった。

(──今、アイツ、なんて言った?)

 傍にいるロイ達ですら聞き取れなかったような微かな声。なのにカイルはそれを聞き取ってしまった。
 まるで、世界が彼にだけその事実を突きつけようとしているかのように……。

(まさか……そのパターンなのか? 乙女ゲー転生ではこれまたありがちなヒロイン転生も起きてたって事か!?)

 既に攻略対象や敵方の王女と、別々の陣営に転生者がいるのだ。ならば、ヒロイン側にも転生者がいたってなんらおかしくはない。
 だがどうしても彼はその考えに至らなかった。その可能性を、考慮したくもなかったのだ。
 ──自分達の目指すハッピーエンドにおいて、最大の障害になる事必至だから。

(……アミレス。俺達は一番重要な可能性を見落としていたらしい)

 カイルの頬に冷や汗が滲む。だがそれと時を同じくして、彼の口元は僅かに弧を描いていた。

(この世界は──もう、俺達の知ってる世界じゃないと思った方がよさそうだ)

 ハッピーエンドを思い描く彼等にとって、この事実は吉と出るか凶と出るか。
 それは神のみぞ──……否、神すらも知らぬ事である。

「……──はじめまして、ミシェル・ローゼラ嬢。俺はカイル・ディ・ハミル。我が国から君のような祝福されし者が生まれて本当に嬉しく思う」
「ミシェル・ローゼラです。はじめまして、カイル……王子!」
「同年代なのだから、カイルで構わない。気楽にしてくれ」
「あ、ありがとうございます!」

 カイルはゲームでのミシェルとカイルの初対面を思い出し、ゲーム通りのカイル・ディ・ハミルを演じた。
 爽やかな微笑みと高貴さを感じさせる口調。
 普段の彼とはかけ離れたその姿に、この世界のカイルを知る者達は唖然とする。知らぬ間に幻覚を見せる何かでも口にしてしまったのでは──と己の記憶と目を疑う程、彼等はまともな(・・・・)カイル(・・・)の姿(・・)を現実として受け入れられなかった。

(なんでカイルとアンヘルがいるんだろう、って思ったけど……そういえばロイとセインも本来ここにいないんだから、その影響かも? でもそのお陰で、わざわざハミルディーヒに戻らなくても攻略対象に会えたんだから! あたしってばラッキー!)

 ミシェルはとてもポジティブだった。この異常をラッキーの一言で済ませるのだから、推しと攻略対象達に会えた彼女の喜びは相当なものなのだろう。

「……そちらの、ローゼラ嬢のお供と思しき君達の名前を聞いてもいいか?」
(──まあ、知ってるんだけどな。一応、初対面の体を守ろう。ミシェルには転生者って知られない方がいい気がするし)

 彼はカイルの演技を維持したまま、ロイとセインカラッドに話を振る。
 それに気を損ない、ロイは無愛想に返事した。

「ロイ。ミシェルの護衛です」
「……セインカラッド・サンカルです。右に同じく、ミシェルの護衛として同行しています」

 ロイに続きセインカラッドも自己紹介すると、

「そうか。君達も、遠慮せず俺の事はカイルと呼んでくれ」

 カイルは本物の彼が持つスパダリオーラを全開にして、警戒心の強い二人に一歩踏み込んだ。
 だが結果は奮わず、ロイとセインカラッドは静かに頷くだけ。しかしカイルの目的は自身が転生者であるとミシェルに悟られぬよう振る舞う事なので、結果はどうでもよかった。
 ──カイルなら(・・・・・)こうする(・・・・)。その予測から算出された言動を実行する事こそが、今の彼にとって重要なのだ。

「顔合わせはこれで済んだか。親善使節達よ、この後は心ゆくまで自由に楽しんでくれたまえ」

 あまりのカイルの変容っぷりに鳥肌が立ってきたフリードルは、会話を強引に切り上げて踵を返した。そんなフリードルに追従するように、ミシェルを忌避するマクべスタも、一礼ののちその場を後にした。

「あっ……」

 去りゆくフリードルの背に伸ばしかけた手をすぐに引っ込めて、ミシェルはしょんぼりと肩を落とす。

(──フリードル・ヘル・フォーロイト。この国の、次期皇帝……!)

 その隣でセインカラッドは復讐に胸を燃やし、

(ミシェル……そんなにあの男が…………)

 ロイは腹の底で嫉妬を暴れさせる。
 こうしてプロローグは幕を下ろし、ついに──不公平なゲームのシナリオが、幕を上げる。
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