だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

513.Date Story:Michalia

 神よ────あなたに感謝を。
 あなたのお導きで、僕は今日、愛しの姫君とデート出来るのです。
 嗚呼……我が信仰と、我々を見守って下さる神々に感謝。世界に感謝。姫君に感謝。

 虫の知らせで朝から姫君の所在を調べ、王城前で出発直前の彼女達とサラッと合流し、僕は姫君の仕事に同行する事が叶った。
 きっと、あの虫の知らせは神のお導きに違いない。
 繰り返し感謝申し上げます、主よ。

「突然天を仰いでどうされたんですか、ミカリア様。もしかして体調が優れないとか……?」

 全方位へ感謝していたところ、彼女が眉尻を下げて様子を窺ってきた。
 しまった……僕ともあろう者が姫君に気を遣わせてしまうなんて。
 せっかくの貴重な機会──ここは歳上の男らしい余裕を見せつつ華麗にエスコートし、少しでも僕の“男らしさ”をアピールしなければ! と、この二時間で必死に脳内作戦会議を繰り広げていたというのに。
 まさか、初手から躓いてしまうとは。

「体調の方は問題ありませんよ。こうして姫君とゆっくりお話出来ることが嬉しくて、天に感謝していただけです」
「そ、そうなんですか。それにしても──」

 姫君の視線が周囲へぐるりと向けられる。

「ものすごく目立ってますね……」
「姫君の美しさに誰もが目を奪われているのでしょう。その心境はよく分かります」
「いやどう考えてもミカリア様に集まってますよ? この注目は」
「おや、そうなのですか?」

 言われてみればそんな気がする。
 姫君に注目しないとか、彼等は目が無いのだろうか。

「ミカリア様の容貌は然る事(なが)ら、国教会の祭服──それも、司祭や司教とも違う唯一無二のものを身につけていらっしゃるからかと……」
「成程。そういえば、今日はローブも羽織ってますからね。物珍しさで注目を集めてしまったのでしょう」

 僕は聖人だ。
 だから、普通の人間とは違うものを身に纏わなければならない。それは同じ神々を信仰する信徒達とて例外ではなく、僕の祭服は他の信徒達のそれとは違う。
 簡潔に言えば、一目見て最高権力者なんだなぁと分かるような豪華なものなのだ。
 だから必然的に目立ってしまう。ようやく姫君に会えると浮かれきっていて、それをすっかり失念してしまっていたな。

「どうしましょうか。僕は祭服(これ)以外の衣服をほとんど所持しておらず……着替えに戻ったところで状況はあまり変わらないと思います」

 本音は、そんなことで時間を無駄にしたくない。姫君と二人きりで過ごせる夢のような時間はたったの一時間しかないのだから。
 だからもう、注目を集めるのは仕方ないと割り切ろうとした時、

「……──それなら、私に任せていただけませんか?」

 凛然とした様相で姫君が口を切った。
 彼女は僕の手を握り、どこかへと連れて行く。
 焦がれていた冷たくも温かみのある手。それが今、僕の手を引いている。ああ……なんて、夢のような光景なのだろう。

 辿り着いたのは蠍の紋様を掲げる服飾店(ブティック)
 躊躇なくそこに入店したかと思えば、姫君は会員証らしきものを渡して店員と会話していた。どうやら姫君はこの店に来るのは初めてではないらしい。

 やがて、彼女の頼みで店長と思しき女性を中心に店員達が慌ただしく駆け回る。
 奥の個室で姫君と雑談しつつ待っていると、ものの数分程で目の前にずらりと服が並べられた。
 机に置かれたもの、ハンガーに掛けられたものからトルソーに着せたものまで、この店にある全ての紳士服がここに集結したようだ。

「さてミカリア様……時間が無いのでちゃちゃっと選びましょう!」
「選ぶとは、一体何を?」

 未だ状況が飲み込めない僕に、彼女は笑って告げる。

「勿論、ミカリア様の服ですよ」
「…………え?」

 それから約十五分。僕は着せ替え人形のように服を着ては脱ぎ、着ては脱ぎ……休みなく、姫君が選んだ服をいくつも試着した。
 今日だけで一生分の衣服を着た気がする。
 世の女性はドレス選びに苦労するとは聞いていたけれど、こういうことなのか。

「──これでよしっ。よくお似合いですよ、ミカリア様」
「そう、ですか……? あまりこういった服は着ないので、自分ではよく分からないものですね」

 着せ替えの末、姫君が選んだものはまるで貴族令息のような品のある服だった。
 全体的に暗くお堅い印象を受けるが、ワンポイントのフリルやリボンがその堅苦しさを和らげている、清楚な印象の服。
 姫君が僕を思い、あれだけ悩み抜いて選んでくれた衣服(プレゼント)だからかな。慣れない格好だけど……早くも愛着が湧いてくる。

「これなら比較的目立たないでしょうから、普通に出歩けると思います。ミカリア様──って呼んだら元も子もないかぁ……そうだな……」

 姫君は顎に手を当てて、うーんと唸る。
 手持ち無沙汰の僕があわあわとしていると、程なくして妙案を思いついたらしく、彼女は明るい表情をこちらに向けてきた。

「今だけ、ミカリア様ではなく『ミカ』って呼んでもいいですか?」
「ミカ……ですか。もちろん、構いませんよ」

 これがいわゆる愛称(ニックネーム)というものなのかな。なんだか、胸がぽかぽかと温かくなってくる。
 姫君にまた一歩近づけた。もっともっと仲良くなりたいなあ。

「ありがとうございます。重ねて提案なのですが──ミカリア様も、今だけは国教会の聖人ではなく『ただのミカ』として振舞ってみませんか?」

 強く心臓が鼓動する。

「……いいの、ですか? 僕が、聖人(ぼく)である事をやめても」
「──四六時中お役目に従事することの息苦しさはよく分かります。だからたまには、肩の力を抜いたっていいと思いまして。もし良ければ、私にそのお手伝いをさせて下さい」
「…………今だけは、貴女の言葉に従ってみましょう。ほんの少しだけ立場を忘れてみたいと思います」

 貴女が僕の名前を呼んでくれるだけで、本当に嬉しかった。……それだけで満足できていたのに、こんなにも貪欲になってしまうなんて。
 僕の中にあった虚ろを、貴女で満たして欲しいと思うのは──……原罪(つみ)なのでしょうか?

「それじゃあ行きましょうか、ミカ」

 まるで、聖人(ぼく)の名前ではないみたいだった。それでも()の心の奥底にまで響き、突き刺さるそれは──紛れもない僕だけのもので。
 聖人ではない僕では、神の寵愛を受けし者(ミカリア)という名を名乗れない。
 ならば、聖人ではないただの男は、彼女がくれたこの名を名乗ろう。

「……──はい!」

 脱いだ祭服を亜空間に押し込み、彼女の手を取って店を出る。
 一時間にも満たない魔法のようなひととき。たとえこの魔法が解けようとも、希望(ミカ)は僕の中に永遠に残り続けるだろう。
 だってこれは──他でもない、貴女がくれたものだから。

 十年後でも、百年後でも構わない。
 また貴女に『ミカ』と呼ばれる日を夢に見続けよう。さすればきっと──……いつか、叶う日が来るだろうから。
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