だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

530.Side Story:Others

「おい! ケイリオルはいるか!」

 一国の皇帝ともあろう男が、乱暴に扉を開け放つ。だがその部屋──皇帝の側近(ケイリオル)の執務室(ほとんど彼の私室と化している)には、部屋の主の姿はなかった。

(チッ……あいつめ、軍を動かす指揮権だけかっ攫って変な報告と共に消えよって。ケイリオルこそ、この国で最も自由奔放な人間だろうな)

 くるりと踵を返し、彼の顔色を窺っておどおどと立ち尽くす侍従達の前を素通りしてゆく。突如として無情の皇帝がぷんすこ不機嫌な様子でやってきたものだから、仕事中だった侍従達は大混乱。とにかく目をつけられぬようにと、内心涙目で嵐が過ぎるのを待っていたのである。
 相変わらずケイリオル以外の侍従の一人も伴わない孤高の皇帝は、今日も孤独に城内を移動していた。

(…………あんなにも俺の意思ばかり確認してきたあいつが、こうも自分勝手に動くとは。何がお前をそこまで変えたんだ──カラオル)

 廊下の大きな姿見の前でエリドルは足を止めた。そして、鏡に映った己の顔を見ては複雑な表情を浮かべる。


 ♢♢


 なんでも知っているが、何も(・・)分からない(・・・・・)双子の弟。
 ──俺にとってのカラオルとは、そんな存在だった。

 同じ顔に似た声。ほんの数時間違いで生まれてしまったが為に、一年近く徹底的に存在を隠匿し続け……そしてその持って生まれた能力により数年間は苦しみ続けていた、俺のただ一人の弟。
 俺よりも膨大な魔力。優れた身体能力。そして、すべてを見透かす魔眼。
 これだけの天賦の才を与えられておきながら、カラオルには我というものがなく、ずっと俺の後ろを着いてまわっては何事にもまず俺の意志を確認してきていた。

 物欲もなければ権力欲もない。ただずっと、俺とアーシャの傍で楽しそうにへらへらと笑うだけの男。それがカラオルだ。
 俺と同じ顔で笑うなと何度言っても聞かず、あいつは毎日笑っていた。
 でも、あの日──……継承権争いに勝つべくカラオルを殺す事になったあの日から、あいつの笑った顔など見なくなった。
 当然だ。その日からカラオルはケイリオルに名を変え、顔を隠し、俺の影武者となったのだから。

 たった一夜であいつの口調も態度も雰囲気も何もかもが変わり、俺の弟(カラオル)は本当に死んでしまったのではと恐怖した程。
 だから、何度も繰り返した。──その顔で笑うな、と。
 たとえケイリオルになっていようとも、カラオルならばどうせ毎日笑っているだろうから。俺の知る男でいてくれると信じて、不定期にその言葉を口にした。

 結果は俺が望んでいた通りのもの。
 あいつは変わっていない。何もかもが変わったように思えていたが、結局はカラオルなのだ。俺のただ一人の弟であり、同じ魂を分かつ存在──それは今までもこれからも変わらない。
 そう、思っていたのに。

 ケイリオルは変わった。知らないうちに、俺の知らない人間になっていた。

 あいつばかりが俺を理解していようとも、俺もあいつのことならなんでも知っていたから別に良かった。でも……今の俺は、ケイリオルのことを何も知らない。
 ケイリオルが何を思い、何を考え、どう行動しようとしているのか分からない。昔は手に取るように分かったあいつの思考パターンが、今や何一つとして推測出来ない。

 なんでも知っていたのに。あいつのことなら、理解出来ずとも全てを知ることが出来ていたのに。
 俺は──……もう、お前を知ることすら出来ないのか?
 理解させてくれとは言わない。だから頼む…………これ以上、俺の知らない人間になるな。お前まで失ってしまっては、俺はもう……生きる理由がなくなってしまうではないか。

 俺を死なせたくないのだろう。俺を死なせてはくれないのだろう。だったら、せめて俺の傍にいてくれよ。
 なあ────カラオル。


 ♢♢


「父上、このような所でお会いするとは珍しいですね」
「……フリードルか」

 鏡の前で立ち尽くす父親の姿に疑念を抱いたのか、フリードルは思わずエリドルに声をかけてしまった。
 薄らとだが隈を引っ提げる息子を見て、エリドルは寝不足なのかと問おうとしたのだが……彼の口はその性根と同様にまあまあひん曲がっている。故に、素直に心配の言葉を吐ける筈がなかった。

「皇太子たるもの、常に万全の体調であれと以前伝えた筈だが」
「(寝不足に気づかれた……!?)──っ申し訳ございません。近頃夢見が悪く、まとまった睡眠時間を確保出来ずにいました。以後気をつけます」

 そして流れる気まずい空気。
 エリドルがそのひん曲がった口でもこれまで問題無かったのは、彼の真意を理解してくれる翻訳係がいたからであって、エリドル単体だとただの口下手な毒舌になってしまう。
 それを、あろう事かこの男は自覚していなかった。

「まともな解決策一つ用意出来ぬとは、お前もまだまだ拙いようだな」

 訳:お前は皇太子なのだから医者だの聖職者だのを好きなように呼べばいいものを。手間暇がかかると懸念するのであれば、俺かケイリオルに言えば聖水や万能薬をいくらでもくれてやる。

「……お恥ずかしい限りでございます。次期皇帝に相応しき思考、そして振る舞いを身につけられるよう、よりいっそう励む所存です」

 真剣な面持ちで顎を引き、フリードルは臣下の礼をとる。
 親の心子知らず。笑ってしまうぐらい何一つ伝わっていない。残念ながら当然の帰結である。

「──時にフリードルよ、ケイリオルの行方を知らないか」
「ケイリオル卿の行方ですか。申し訳ございません、僕には心当たりがなく。父上のお力になれず、至らぬこの身に偏袒扼腕(へんたんやくわん)したい心境です」
「案ずるな。元より特に期待もしていなかったからな」

 訳:俺ですら行方を知らないのに、フリードルが知っていたらそれこそ偏袒扼腕するだろう。だからお前は気にせずともよい。
 ──そうは思っていても、彼は言語化能力に著しく問題がある為、まったく伝わらない。

(……父上は、まだ僕を一人前として認めて下さっていないようだな。これではあの女に顔向け出来な──っ、また、知らない女の声が……っ!!)

 それどころかフリードルは寝不足の原因に苛まれ、顔色を悪くしてその場を後にした。

(ケイリオル……お前は今、どこにいるんだ──?)

 息子の体調不良に気づかない父親失格の朴訥(ぼくとつ)野郎は、我が子の背をみすみす見送り、今一度姿見の己と向き合ってはおもむろに目蓋を伏せた。
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