だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「というか願いを叶えるって……貴方にそんな力はないじゃない。そもそも願いを叶えるっていうのは神様の特権なんだから」
「なんでそんな急にリアリストになるんだよ、お前。いやある意味ロマンチストなのか……?」
「事実だからよ。人間がどれだけ祈ろうが願おうがそれが成就するかは神様の裁量次第。神様だって万能じゃないし、片っ端から願いを叶えられる余裕はない。それなのに人間が人間の願いを叶えるなんて、驕りにも程があるわ」

 毎日のように何百人もの人間が神様に願うが、それが実際に成就するのは多くても四割程度。どれだけ信仰されている神様でも、全ての願いを叶えられる訳ではないのだ。
 誰かの願いを叶えるという行為は──神様と言えども軽率に行うことは出来ない、とても大事なものだから。

「……やけに詳しいな。さてはオタクか」
「さあどうでしょうね」
「ふぅん? ちなみに八百万の神の中だと誰推しなんだよ」
「不敬…………」

 カイル──というかオタクの悪いところが出ている。何でもかんでもすぐ『推し』の話に持っていくんだから。
 相変わらずの締りのない顔で、カイルは不敬な話題を振ってくる。だがまあ……これぐらいなら神様も許してくれるだろう。

「──大国主命かな。私が信じてる神様は……今も昔も、ずっとあの一柱(ひと)だけよ」
「大国主命かぁ、めちゃくちゃ王道だな。しかも単推しときた。ミシェルといいこれといい、お前って意外と愛が重いよな」
「あら、悪い?」
「悪かねぇよ。ただなんか、お前らしいなーと思って」

 何が面白いのか、カイルはくつくつと笑う。
 訝しむようにそれを見ていたところ、セツが凄まじい勢いで宮殿方向から駆けて来ては飛びついてきた。「ワンッ!」と元気よく鳴く姿は、まるで喜んでいるかのよう。

「せっかくだから貴方の推し神様も聞いてあげるわ」

 セツの頭を撫でながらそう切り出すと、カイルはニコリと笑って答えた。

「火之迦具土神と宇迦之御魂神」
「なんでその二柱(にはしら)なの?」
「昔読んでた漫画に出てきたヒノカグとうか様が好きすぎて……それを未だに引きずってる感じだな」

 なんとフレンドリーな呼び方。前世でなんの漫画を読んだんだ、この男は……。

「あの漫画のヒノカグはビジュがマジで良すぎてなぁ……性格もめっちゃいいし好きにならざるを得なかった訳よ……うか様は言わずもがな。頼むから幸せになってくれ」

 頼んでもいないのに独りでに語り始めたぞこのオタク。ペラペラと推しトーーク! を続ける彼の後ろから、イリオーデとアルベルトがにゅっと顔を出した。

「主君。神はどれ程祈っても願っても救ってはくれません。そのような存在を信仰する必要など、欠片もないでしょう」
「ルティに同意するという訳ではありませんが、我々を導く訳でもなく恩恵を齎す訳でもない。そして信仰に対する見返りすらもない不義理な存在にかける時間が勿体無いと、私は愚考します」

 彼等は神様に親でも殺されたのか? 信心深い人が大半のこの世界で、ここまで神を信じず不要だと言い切れるなんて。
 この場にミカリアやリードさんがいなくてよかった……彼等のこの発言を聞かれていたら、流石の私でも庇いきれなかっただろう。

「大丈夫よ。私は──この世界にいるどの神様も信じていないから」

 そうだ。私が信じる神様はただ一柱(ひとり)
 それはたとえ思い出せずとも、今世(いま)前世(むかし)も変わらない。私の信仰心は、ずっとあのひとに捧げられている。

「そうなのですか。これは出過ぎた真似をしました。何卒、ご容赦ください」
「不必要な進言をしてしまいました事、ここに謝罪致します」
「いいのよ二人共。……シュヴァルツとナトラはまだ言い合ってるし、一旦休憩にしましょうか。今日は天気もいいし、たまには庭でお茶しようかしら」
「では、準備をして参ります」
「頼んだわ、ルティ」

 アルベルトが影に潜って姿を消したあと、私達はどの辺りでお茶をするかと話し合った。今日はセツも随分とご機嫌で、いつもはカイル達男性陣に触られるのを嫌がるのに、何故か今日だけはおさわりを許している。
 カイルが「うおおおおっ、異世界モフモフ!」と変なはしゃぎ方をする様子を眺めながら木陰で寛いでいると、

「アミレスよ! シュヴァルツに絡まれておってすっかり本題を見失っておったが、我はお前の願いを叶えたいのじゃ! なんでも良いから我に願いを教えよ!!」
「オレサマの所為にするなよ」

 いがみ合うナトラとシュヴァルツがドスドスドスと直進してきた。
 これは……何かしら願いごとを口にしないと終わらないだろうなぁ。シュヴァルツに煽られてムキになってるもの、ナトラ。

「願いごと……──どうか、私が死んだ後も私の事を忘れないでね。それぐらいかな、私の願いは」

 人は忘れ去られた時、完全に死ぬと言われている。ならば……私は、誰にも忘れられたくない。死んだ後もひとりぼっちなのは、きっと凄く寂しいだろうから。
 せめて皆の思い出の片隅にでも居させてもらえたら──私は寂しくないと思ったのだ。

「な……っ、なんじゃその願いは!? わざわざ願わずとも、それしきのこと我が何万年先まで覚えておいてやる! というかそもそもお前を死なせてなるものか!!」
「死んだ後も忘れるな、って──随分と残酷な呪いをかけてくれたな、お前。まァ、ナトラの言う通り……そう簡単には死なせてやらんがな」

 相変わらず人外さん達は独自の視点で物を言う。死なせない、と彼等は言ってくれるけれど……私なんて所詮ただの人間だ。死にたくはないが──死ぬ時はぽっくり死ぬだろう。

 ……それでも、願わずにはいられない。
 叶うなら、これから先も皆とずっと一緒にいたいな。
 そんな身勝手な願いは口にせず、心の奥にそっと仕舞う。

 だって、願いごとは──……口にしたらどこかへと飛んでいってしまって、神様に届かず決して叶わなくなってしまうから。
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