だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
563.Main Story:Michalia VS Lwacreed
今の僕は、何かがおかしい。
その何かが分かっていながらどうする事も出来ず、操り人形のように、違和感のある愛に従って行動している。
あの時あの少女に抱いた、壊れそうな程の胸の痛みは、一体なんだったのか──……。
♢
この僕に向かってくる、緑の髪の男。数ある異教の中でも我等が天空教に並ぶ宗教を気取る、リンデア教の指導者。
現ジスガランド教皇──ロアクリード=ラソル=リューテーシー。
生意気にも、ほんの二十年生きた程度の若さで、百年生きる聖人に食らいつく……人が産んだ怪物のような存在。
リンデア教が作り上げた、対聖人用の生物兵器。
──あの男を率直に表現するならば、この言葉しかあるまい。
それ程に、ジスガランド教皇の才能は凄まじい。聖人をして、認めざるを得ないぐらいに。
そんな男が、体裁だとか立場だとかを無視して僕に容赦なく攻撃を仕掛けてくる。何がそこまで──おまえを突き動かすんだ?
「…………ジスガランド教皇。おまえはどうして、僕に歯向かうんだ?」
「どうして、って……知れた事を。愛に決まっているでしょう」
──愛? 今、この男は……僕の蹴りを受け止めながらそう言ったのか?
「私はね、彼女が笑って暮らせる世界が欲しいんだ。誰もいない所で、体を丸めて声を殺し泣きじゃくる必要の無い、温かくて平和な世界──。それを手に入れる為なら何でもすると、そう決めているだけさ」
そう言い切るやいなや、男は反撃に出る。
繰り出されるは東方の体術。西方でよく見られる体術が“柔”の技だとすれば、東方のそれは“剛”の技。
徒手空拳で魔窟の魔物を屠れるとすら噂されるが……いざこの身で体感して、それが真実だと理解した。
拳で、蹴りで。ブンッ、と風を切り、黒い法衣を大きく翻して、青二才は果敢に挑んでくる。
「……ただそれだけの為に、対立構造の悪化を煽るなんて。こちらとしては、おまえ達を排除する大義名分を得る事になるだけだが……そちらは、そうはいかないのでは?」
「はは、ご冗談を。私達とてそれは同じ──、貴方達の志を挫く機会を首を長くして待っているのですから、大義名分など寧ろ欲しいまでありますよ」
そもそも、と男は嫌味たらしく笑う。
「──私、昔から貴方の事が心底大ッ嫌いなので! 憎き聖人を殺せる機会があるのなら、今すぐにでも訪れて欲しいぐらいだとも!」
拳と拳のぶつかり合い。聖職者同士の戦いならば、普通は魔法によるものを想像するだろう。──だが。僕達は何故か、もっぱら肉弾戦だった。
ずっと殴り合い、蹴り合い、投げ飛ばし、建物や街路設備に叩きつけ合っている。おかげさまで、周囲の荒れ様は凄まじい。
……──どうして、僕は戦っているんだろうか。
ふと、そんな疑問が心の中に湧く。
僕は改竄された記憶を取り戻すべく、その手掛かりになりそうな穢妖精を捕まえに来た。だけど、その途中で彼女を見て…………僕はあの時、胸が壊れてしまいそうな程の痛みを──。
『これからも何度だってお会いしたいです。だって私は、ミカリア様の友達ですから』
『それじゃあ行きましょうか、ミカ』
その瞬間、誰かの声が頭に響いた。その正体をとっくに理解しているのに、その答えを明言することを、僕の頭が拒否している。
僕の初めての友達で、傍にいると心安らげる女性。
それは顔も名前も分からない誰かであって、愛し子ではない。そう分かっているのに──矛盾ばかりの稚拙な物語のような記憶が、それを頑なに認めようとしない。
ならばもういっそ──この記憶ごと、僕という存在を壊してしまおう。
もはや手段は選ばない。僕は──……
「……もう一度、彼女に恋をしたい」
どれだけ頭が理解を拒んでも、この胸や瞼に焼き付いたものは決して褪せない。
壊れた僕は、きっともう一度、貴女に恋をするだろう。覚えていなくてもそう確信出来る。だって貴女と僕は、運命で固く結ばれているのだから。
「──死に絶えたまえ、光の下に蔓延る罪人達よ。悪となる者、穢れなる者、愚かなる者、その尽くを断罪しよう」
「っ!? その魔法は…………!」
飛び退いて距離を取り、定められた詠唱分を紡いでゆく。するとジスガランド教皇はぎょっと目を点にして、固まった。
この男はどうやら、数千年前の魔法にも明るいらしい。……どこまでも鼻につく男だ。
「終わりと始まりを告げる音色よ。願わくば、辺獄の旅路を征く罪人に餞を──……狂気賛歌」
金色の光粒により創り出された断頭台が、僕の首を狙い澄まして煌めく。
ダンッ! っと刃が滑り落ちた瞬間、僕の意識は刈り取られた。
♢♢
「……気が触れているんじゃないか、この男。狂化魔法を自分に使うとか本当に有り得ない。なんであの魔法が歴史の闇に葬り去られたのかを知らないのか?」
呆れた様子でぶつぶつと呟きつつも、私は反射的にある魔法を使用していた。それはズバリ、回復魔法。目の前の仇敵が狂気に呑まれ壊れゆくのを、何故か私は阻止してしまったのだ。
……まあ、ここでもし見過ごしていたら、後でお人好しのアミレスさんに『リードさんなら止められたんじゃ』とか言われかねないし。仕方無かったんだ、うん。
「それにしても。この若作りジジィ……さっきから様子がおかしいけど、この奇行に関係してるのかねぇ……?」
がくりと項垂れ立ち尽くす聖人を、腕を組んでじぃっと睨む。
そして、すぐに私は後悔する。──やっぱりこの男を助けてやるべきじゃなかった、と。
♢♢
予定では、僕の精神は狂気に支配され、自浄機能によって精神崩壊、からの白紙化が行われる筈だった。
しかし、僕の記憶と人格は狂化魔法を使用する前と変わらないまま。いや、一つ語弊があるな。──記憶にだけは、変化が生じた。
「……ああ、僕はなんて、馬鹿なんだろうか」
僅か数日の間とはいえ、我が運命を忘れていた事への情けなさが、この胸を襲う。それと同時に、彼女に焦がれる熱い想いが胸の底から湧き上がった。──それが、どうしようもなく愛おしい。
「せ、聖人殿……一応、回復魔法を使ってさしあげたので、無事だとは思うのだけど」
「おまえが僕の魔法に干渉したから、不完全な状態で発動したのか…………だがまあ、こちらの方が都合がいい。本来ならば暗殺未遂等で裁きを下すが──今回ばかりは不問としよう」
「助けてやったのになんだこの態度」
苦虫を噛み潰したような表情で、ジスガランド教皇は唾を吐いた。
……そういえばこの男、先程は愛の為に戦っているとか言っていたな。それに…………
『やあ、アミレスさん。息災そうで何よりだ』
僕の姫君を馴れ馴れしく名前で呼び、ぼ・く・の姫君から親しげに『リードさん』などと呼ばれていた。
僕ですら、まだ『ミカリア様』としか呼んでもらえていないのに……っ!! あの日以来『ミカ』と呼んでもらえていないのに────っ!!
「…………じ」
「? なんです、急に肩を震わせて。死にかけの獣畜生の真似?」
「──許すまじ、ロアクリード=ラソル=リューテーシーィイイイイイイイッ!!!!」
「はぁっ?! 急に何?! というかうるさっっっ!!」
真顔でふざけたことを吐かす異教徒へ、ラフィリアの愛用武器星撃槌を召喚して肉薄する。束ねて握った鎖はピンと張られ、星を象る猛々しい鉄球が風を押し退け、忌まわしき緑の頭に落下した。
しかし、ジスガランド教皇は光の障壁で鉄球を受け止め、こちらをキッと睨んだ。
「ッこの何でもありの化け物め……! ──アミレスさんになんと言われようがもう構うものか! そちらがその気なら私とて遠慮は捨ててくれる!!」
青筋を浮かべ、ジスガランド教皇は啖呵をきった。その手に現れたのは、僕の知らない形状の聖笏。どうやらあの棒切れは、持ち主によって姿を変えるらしい。
「異教徒の分際で! 僕の姫君の神聖なる御名を軽々しく口にしないでもらえるか!!」
「そもそも彼女は貴方のものじゃないし、好きな女の名前一つ満足に呼べないような童貞ジジィには口出しされたくね〜〜〜〜〜〜ッ!!」
互いに得物を振り回しながら、口汚い言葉をぶつけ合う。
──この通り、当初の目的なんてすっかり忘れ、僕は忌まわしき男を殺す事に躍起になってしまったのであった……。
その何かが分かっていながらどうする事も出来ず、操り人形のように、違和感のある愛に従って行動している。
あの時あの少女に抱いた、壊れそうな程の胸の痛みは、一体なんだったのか──……。
♢
この僕に向かってくる、緑の髪の男。数ある異教の中でも我等が天空教に並ぶ宗教を気取る、リンデア教の指導者。
現ジスガランド教皇──ロアクリード=ラソル=リューテーシー。
生意気にも、ほんの二十年生きた程度の若さで、百年生きる聖人に食らいつく……人が産んだ怪物のような存在。
リンデア教が作り上げた、対聖人用の生物兵器。
──あの男を率直に表現するならば、この言葉しかあるまい。
それ程に、ジスガランド教皇の才能は凄まじい。聖人をして、認めざるを得ないぐらいに。
そんな男が、体裁だとか立場だとかを無視して僕に容赦なく攻撃を仕掛けてくる。何がそこまで──おまえを突き動かすんだ?
「…………ジスガランド教皇。おまえはどうして、僕に歯向かうんだ?」
「どうして、って……知れた事を。愛に決まっているでしょう」
──愛? 今、この男は……僕の蹴りを受け止めながらそう言ったのか?
「私はね、彼女が笑って暮らせる世界が欲しいんだ。誰もいない所で、体を丸めて声を殺し泣きじゃくる必要の無い、温かくて平和な世界──。それを手に入れる為なら何でもすると、そう決めているだけさ」
そう言い切るやいなや、男は反撃に出る。
繰り出されるは東方の体術。西方でよく見られる体術が“柔”の技だとすれば、東方のそれは“剛”の技。
徒手空拳で魔窟の魔物を屠れるとすら噂されるが……いざこの身で体感して、それが真実だと理解した。
拳で、蹴りで。ブンッ、と風を切り、黒い法衣を大きく翻して、青二才は果敢に挑んでくる。
「……ただそれだけの為に、対立構造の悪化を煽るなんて。こちらとしては、おまえ達を排除する大義名分を得る事になるだけだが……そちらは、そうはいかないのでは?」
「はは、ご冗談を。私達とてそれは同じ──、貴方達の志を挫く機会を首を長くして待っているのですから、大義名分など寧ろ欲しいまでありますよ」
そもそも、と男は嫌味たらしく笑う。
「──私、昔から貴方の事が心底大ッ嫌いなので! 憎き聖人を殺せる機会があるのなら、今すぐにでも訪れて欲しいぐらいだとも!」
拳と拳のぶつかり合い。聖職者同士の戦いならば、普通は魔法によるものを想像するだろう。──だが。僕達は何故か、もっぱら肉弾戦だった。
ずっと殴り合い、蹴り合い、投げ飛ばし、建物や街路設備に叩きつけ合っている。おかげさまで、周囲の荒れ様は凄まじい。
……──どうして、僕は戦っているんだろうか。
ふと、そんな疑問が心の中に湧く。
僕は改竄された記憶を取り戻すべく、その手掛かりになりそうな穢妖精を捕まえに来た。だけど、その途中で彼女を見て…………僕はあの時、胸が壊れてしまいそうな程の痛みを──。
『これからも何度だってお会いしたいです。だって私は、ミカリア様の友達ですから』
『それじゃあ行きましょうか、ミカ』
その瞬間、誰かの声が頭に響いた。その正体をとっくに理解しているのに、その答えを明言することを、僕の頭が拒否している。
僕の初めての友達で、傍にいると心安らげる女性。
それは顔も名前も分からない誰かであって、愛し子ではない。そう分かっているのに──矛盾ばかりの稚拙な物語のような記憶が、それを頑なに認めようとしない。
ならばもういっそ──この記憶ごと、僕という存在を壊してしまおう。
もはや手段は選ばない。僕は──……
「……もう一度、彼女に恋をしたい」
どれだけ頭が理解を拒んでも、この胸や瞼に焼き付いたものは決して褪せない。
壊れた僕は、きっともう一度、貴女に恋をするだろう。覚えていなくてもそう確信出来る。だって貴女と僕は、運命で固く結ばれているのだから。
「──死に絶えたまえ、光の下に蔓延る罪人達よ。悪となる者、穢れなる者、愚かなる者、その尽くを断罪しよう」
「っ!? その魔法は…………!」
飛び退いて距離を取り、定められた詠唱分を紡いでゆく。するとジスガランド教皇はぎょっと目を点にして、固まった。
この男はどうやら、数千年前の魔法にも明るいらしい。……どこまでも鼻につく男だ。
「終わりと始まりを告げる音色よ。願わくば、辺獄の旅路を征く罪人に餞を──……狂気賛歌」
金色の光粒により創り出された断頭台が、僕の首を狙い澄まして煌めく。
ダンッ! っと刃が滑り落ちた瞬間、僕の意識は刈り取られた。
♢♢
「……気が触れているんじゃないか、この男。狂化魔法を自分に使うとか本当に有り得ない。なんであの魔法が歴史の闇に葬り去られたのかを知らないのか?」
呆れた様子でぶつぶつと呟きつつも、私は反射的にある魔法を使用していた。それはズバリ、回復魔法。目の前の仇敵が狂気に呑まれ壊れゆくのを、何故か私は阻止してしまったのだ。
……まあ、ここでもし見過ごしていたら、後でお人好しのアミレスさんに『リードさんなら止められたんじゃ』とか言われかねないし。仕方無かったんだ、うん。
「それにしても。この若作りジジィ……さっきから様子がおかしいけど、この奇行に関係してるのかねぇ……?」
がくりと項垂れ立ち尽くす聖人を、腕を組んでじぃっと睨む。
そして、すぐに私は後悔する。──やっぱりこの男を助けてやるべきじゃなかった、と。
♢♢
予定では、僕の精神は狂気に支配され、自浄機能によって精神崩壊、からの白紙化が行われる筈だった。
しかし、僕の記憶と人格は狂化魔法を使用する前と変わらないまま。いや、一つ語弊があるな。──記憶にだけは、変化が生じた。
「……ああ、僕はなんて、馬鹿なんだろうか」
僅か数日の間とはいえ、我が運命を忘れていた事への情けなさが、この胸を襲う。それと同時に、彼女に焦がれる熱い想いが胸の底から湧き上がった。──それが、どうしようもなく愛おしい。
「せ、聖人殿……一応、回復魔法を使ってさしあげたので、無事だとは思うのだけど」
「おまえが僕の魔法に干渉したから、不完全な状態で発動したのか…………だがまあ、こちらの方が都合がいい。本来ならば暗殺未遂等で裁きを下すが──今回ばかりは不問としよう」
「助けてやったのになんだこの態度」
苦虫を噛み潰したような表情で、ジスガランド教皇は唾を吐いた。
……そういえばこの男、先程は愛の為に戦っているとか言っていたな。それに…………
『やあ、アミレスさん。息災そうで何よりだ』
僕の姫君を馴れ馴れしく名前で呼び、ぼ・く・の姫君から親しげに『リードさん』などと呼ばれていた。
僕ですら、まだ『ミカリア様』としか呼んでもらえていないのに……っ!! あの日以来『ミカ』と呼んでもらえていないのに────っ!!
「…………じ」
「? なんです、急に肩を震わせて。死にかけの獣畜生の真似?」
「──許すまじ、ロアクリード=ラソル=リューテーシーィイイイイイイイッ!!!!」
「はぁっ?! 急に何?! というかうるさっっっ!!」
真顔でふざけたことを吐かす異教徒へ、ラフィリアの愛用武器星撃槌を召喚して肉薄する。束ねて握った鎖はピンと張られ、星を象る猛々しい鉄球が風を押し退け、忌まわしき緑の頭に落下した。
しかし、ジスガランド教皇は光の障壁で鉄球を受け止め、こちらをキッと睨んだ。
「ッこの何でもありの化け物め……! ──アミレスさんになんと言われようがもう構うものか! そちらがその気なら私とて遠慮は捨ててくれる!!」
青筋を浮かべ、ジスガランド教皇は啖呵をきった。その手に現れたのは、僕の知らない形状の聖笏。どうやらあの棒切れは、持ち主によって姿を変えるらしい。
「異教徒の分際で! 僕の姫君の神聖なる御名を軽々しく口にしないでもらえるか!!」
「そもそも彼女は貴方のものじゃないし、好きな女の名前一つ満足に呼べないような童貞ジジィには口出しされたくね〜〜〜〜〜〜ッ!!」
互いに得物を振り回しながら、口汚い言葉をぶつけ合う。
──この通り、当初の目的なんてすっかり忘れ、僕は忌まわしき男を殺す事に躍起になってしまったのであった……。