だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

564.Main Story:Angel VS Kile

 忘れるという行為は、俺にとって救いであった。
 思い出せないという事象は、俺にとって“当たり前”のものであった。
 だから、うん。
 こうして──その“当たり前”を恐れ、忘却を恨んだのは……数百年生きていて、初めての経験なのだ。


 ♢


「ぁああああああああああっ! いくら俺がチートでもコイツ等の相手は流石に無理ゲーだっつーの!!」
「騒々しいぞ、塵芥(ゴミ)が。大人しく死ね」

 絶対零度の魔剣を振るい、時には氷魔法で翻弄する。皇太子の猛攻に押され気味だからか、変人王子は醜く喚き散らしていた。
 だがその情けない声とは打って変わって、あいつはたった一人で俺と皇太子二人の相手をしている。──それも、本気を出さずに。
 どう考えても異常な数の魔力属性を使い分け、変人王子は俺と皇太子の攻撃を防ぐ。こちらがどれだけ変化球を繰り出そうが、あいつには何故か通用しない。『初見殺しか? 上等だ!』と不敵に笑い、奇想天外な魔法で対応しやがるのだ。

 その厄介さたるや。もう既に、少しばかり面倒になってきた程。
 そもそも俺はどうしてこいつと戦っているんだ? 俺、あいつの手伝いでわざわざこの国に来た筈なんだが……。
 どういう経緯だったか、とこの数時間を振り返る。
 その間も皇太子と変人王子は魔法や剣でしのぎを削っていて、目の前では何色もの魔法陣が輝きを放つ。様々な魔法が入り乱れ、色硝子(ステンドグラス)のような幻想的な光が舞い踊り、その下では黒い魔剣と鋼の長剣(ロングソード)が火花を散らしていた。

 だがそれも長くは続くまい。時間が経てば経つ程、変人王子の顔色が悪くなってゆくのを、俺達は見逃さなかった。
 皇太子もそれを分かっているのだろう。強烈な殺意を放ちつつも、堅実に持久戦に持ち込む姿勢が窺える。あのクソガキの息子とは思えん程に理性的だ。

「っ!?」
「手が悴んだか。この寒さの中では、人間は最良の状態を維持出来ない。──氷と戦闘に気を取られ、冷気(・・)に気づかなかったようだな、間抜け」

 カランッ! と音を立てて落ちる変人王子の剣。その手は震え、皇太子の言葉通り悴んでいるようだ。
 先程からこの辺り一帯に漂う冷気。吐く息は白く、魔法を発動し続けなければ、血──液体なんて瞬く間に凍てつく、季節外れの氷の国へと変わり果てていた。
 これこそが皇太子の狙い。氷魔法を乱用する事で放出した冷気から意識を逸らし、且つ変人王子に魔法で応戦させる事で奴の魔力消費を誘う。
 持久戦に持ち込み、冷気と魔力の過剰消費であいつの身体を徹底的に疲弊させてから、確実にその息の根を止めるつもりなのだろう。

「ふっ……んなモン、こわくともなんともねぇよ! そもそも俺はなぁ──火の魔力も持ってんだわ!!」
「チッ…………しぶとい奴め……!」

 変人王子が足元に燃え盛る花々を咲かせる。それを見て、皇太子はぐっと顔を顰めた。
 熱の所為──ではなく、正真正銘疲弊の証だろう。変人王子の頬にはぽつりぽつりと冷や汗が滲み出し、その呼吸も徐々に大きくなってゆく。
 もはや俺に戦う意思はない(元々無かったのだが、あいつが邪魔をするので仕方なく戦っていた)し、被害が出る前に止めてやるか。後で国王に文句を言われても困るし。

「徒花よ、生命(いのち)を吸い上げ咲き誇れ──氷華繚乱(ブリザード・フロース)!」
「汝は魔女。汝は罪人。汝は架刑に処されし者。故に、汝はこの場にて死に至るだろう! 魂焦がす裁きの炎(ラストノート・インフェルノ)!!」

 ──あ、まずい。これ、二人共死ぬ。
 肉体を突き破り鮮血を吸い上げる肉食の氷華を咲かせる魔法と、火炙りで死んだ罪人のように業火で命を焼き尽くす魔法。
 直撃したら最後の、即死の魔法(・・・・・)
 何度か死に目に遭い、世界の理によってその死を無かった事にされてきたから分かる。あれは、死ぬ。
 どうする、どうすればいい? もしここでこいつ等が二人揃って死んだ日には──……、

『アンヘルも来てくれたんだ。朝弱いのに、ありがとう』

 あいつは、笑わなくなるんじゃないのか?
 俺なんて所詮、大多数の一人に過ぎないだろうが……それでも俺は、あの女に笑顔を向けられたい。名を呼ばれ、挨拶を交わす仲でありたい。
 大勢の中の一人でもいいから、あの不憫な小娘の底抜けに明るい顔を──馬鹿みてぇに幸せそうな顔を、これから先も見たかった。
 それが、叶わなくなるというのか? 

 誰かも分からない女の為にこんなにも焦るなんて、俺らしくない。だが──忘却された記憶が。思い出せない過去が。その誰かの為に動けとせっついてくる。

「……──!」

 地面を蹴りながら手首を爪で切る。変人王子の襟首を掴んで跳躍し、足元に迫る氷の華を、血魔法で作った血板(けつばん)で押し留めた。

「アンヘル……!?」
「あぁクソ、血がごっそりなくなった。後で補充しないと…………無事か、変人。無事じゃなかったらぶん殴るぞ」
「なんで?!」

 間抜けな面をしているが、とりあえずこのガキは無事のようだ。もう一人のガキは──……あちらも、大丈夫そうだ。

「──どうやら、我々は何かに間に合ったようですね」
「……そのようです」

 巻き起こる竜巻に炎は連れ去られ、火の粉となりて舞い散る。皇太子を守るように立つのは、二人の男。

「ご無事ですか、フリードル殿下」
「……──ケイリオル卿。暫し不在とお聞きしていましたが、何故、ここに」

 顔に布を着けた災害野郎と、青い髪の騎士。遠くで嘶く馬は、あいつ等に乗り捨てられてご立腹のようだ。

「何が起こるか分からないこの状況では即戦力が必要と判断し、ランディグランジュ領まで彼を迎えに行っていたのです」
「わざわざ、ランディグランジュの神童を……」
「はい。では、(わたし)は城に戻ります。現状把握や軍事指揮等、やる事が山積みなので。失礼します、フリードル殿下」

 早々に会話を切り上げ、布野郎は馬に跨り城へ向かう。
 その時だった。キョロキョロと辺りを見渡す青髪の騎士に向け、変人王子が叫ぶ。

「いい所に来てくれたな、イリオーデ! ちょっと、フリードルの相手を頼んでもいいか?」
「……何故私が?」
「ソイツ、アミレスの邪魔してるんだよ! あと──ぶっちゃけ、俺は相性が悪い!!」

 ……──アミレス。喪われた記憶の中の誰かも、そんな名前だった気がする。

「皇太子殿下が王女殿下の邪魔を……!?」
「おう! つーか現状把握出来てる? 説明が必要なら今すぐ言ってくれ!」
「此方に向かう道中にて、ケイリオル卿から帝都で起きている事件については、粗方聞いている。特定の少女を見るな(・・・)──と念押しされたのだが、この解釈で正しいか」
「俺もよく分かってねぇけど、その解釈で大丈夫っぽい! したっけ、フリードルの事は任せたぞ!!」
「了解した」

 くるりと踵を返し、青髪の騎士は皇太子と対峙する。
 それを見届けるやいなや、変人王子は瞬間転移で距離を取り、冷や汗の滲む面でこちらを見据えてきたものだから、丁度いいと一つ問う。

「なあ、変人。つい先程、おまえは『精神を狂わせることで人格改変を帳消しにする』と言っていたな?」
「え。この魔導具のことなら、まぁそうだけど……それがどうしたんだよ」
「ふぅん。いい事聞いたぜ」
「……?」

 小首を傾げて訝しげにこちらを見つめてくる男は、無視しつつ。俺はあいつに倣い、とある博打に打って出た。

「……──忘却機構(・・・・)停止(・・)
「忘却って……おいアンヘル! お前がそんな事したら────!!」

 精神を狂わせるのならば、この方法が手っ取り早い。
 この身を守る為に忘れ続けた、数百年分の記憶と艱難辛苦──それを一度に受け入れたならば、容易に、精神崩壊を誘える程のものとなるだろう。

「────────ッ!! っぅ、ァ………………!」

 これから俺は、生き地獄を味わう。その入口ですらこれ程の苦痛なのだ……さぞや、絶望的な責め苦を受ける事となるだろう。
 死ぬ気で掴み取った救済を手放すなど、我ながら愚の骨頂だと思う。
 だがそれでも。
 そこまでしてでも──……俺は、顔も名も知らないあんたの事を思い出したいと、切にそう願ってしまったんだ。
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