大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
佐久間は手際よくチャイルドシートを取り付けてくれた。
彼はなにも言わないし、なにも詩織に聞いてこない。
ただ、翔琉が車に乗せてもらうのが嬉しくてはしゃいでいる姿をじっと見つめていた。
その目には涙が光っているようにも見える。
後部座席に詩織と翔琉が乗ると、佐久間は車を発進させた。
「わあ~い」
めったに車に乗ったことがない翔琉はすべてが珍しいらしく、外の景色を見たり手を叩いてみたりと賑やかだ。
「すみません、煩いでしょう」
「いえ、私にも子育ての経験はありますので」
話しかけてみたら、案外気さくに答えてくれた。
「あの、瞬さんは車の運転は?」
「今はなさっていません。まだ右足が……」
「そうなんですね」
昨日は足を少し引きずっているように見えたから、まだ動かしにくいのだろう。
「それで、リハビリを?」
「はい。温泉を引いている別荘をこのたび購入しましたので、ゆっくり回復につとめていただこうと思います」
町を出てから少し県道を走ったところで車は森の方へ入っていった。
この辺りは温泉を引いている別荘地だ。
その一角で、佐久間は車を停めた。
ここが、沖田家が新たに購入した別荘なのだろう。
森の近くに建つフィンランド風のログハウスだ。
堂々とした大きな建物だが、親しみやすいデザインと木の風合いが温かい印象だ。
「詩織さん、申し訳ありませんでした」
「え?」
車を停めると、佐久間はすぐに降りて詩織の乗る後部座席のドアを開けてくれた。
その時に、詩織に向かって頭を下げたのだ。
「お目にかかって、お詫びを言いたかったんです」
「あの、どういうことでしょう?」
それ以上は佐久間はなにも言わずに、翔琉を降ろしてからふたりを玄関へ案内してくれた。
ドアを開けると、すぐに広々としたリビングルームだった。
からし色のレザーのソファーに、瞬が座っているのが見えた。
佐久間が翔琉を抱き上げた。
詩織にひとりで中に入れということだろう。