ウィザードゲーム〜異能バトルロワイヤル〜

第17話 11月25日[後編]

     ◇



 律の植えつけた殺意によって、完全に我を見失っている大雅は、何度も冬真に掴みかかろうとしていた。

 伸ばされた手を身を逸らして(かわ)すものの、冬真は余裕のない表情で息をつく。

(一旦、気絶させるしかないか……)

 彼らを殺すにしてもいまは()が悪いせいで、大雅を傀儡にすることも絶対服従させることもできずにいた。

 こうなったら、無理やりにでも彼の動きを封じるしかない。

 冬真は瓦礫(がれき)の中から鉄パイプを拾い上げ、迫ってくる大雅目がけて思いきり振り抜いた。
 バキッ、と痛々しい音が響く。

「ぐ……っ」

 勢いの()げた隙を狙い、間髪入れず蹴り飛ばした。

 瓦礫の山に突っ込んで、ガシャン! と派手な音が反響する。

「まだ続けるの? それじゃ勝てないのは明白でしょ。僕を殺すなんてどの口が言ってるんだか……。 やれるもんならやってみなよ、ほら」

 律越しに挑発し、逆上した大雅が再び迫ってくるのを狙った。
 感情的になった相手は隙だらけだ。

「…………」

 しかし、予想に反して沈黙が落ちる。

 大雅は(うずくま)った姿勢のまま顔を上げなかった。
 わずかに肩を震わせてさえいる。

(何だ……?)

 訝しげに眉を寄せると、舞い上がった粉塵(ふんじん)が消えて視界が晴れる。

 大雅は膝をついたまま、先ほど捨てた鏡の欠片を手にしていた。

「!」

 図らずも冬真の身が強張る。
 まずい。あれで自殺でもされようものなら────。

 けれど、そんなことはなかった。
 あろうことか、大雅は正気を取り戻したのだ。

「は……そうだ。思い出した」

「なに……?」

「悪ぃ、律。やり方はともかく助かった」

 思わず律を窺うものの、傀儡の彼は当然ながら無反応だった。

 すっかり圧倒されてしまう。
 いったい、何が起きたというのだろう。

「おい、冬真。おまえを奏汰のとこには行かせねぇからな。当然俺たちを殺させもしねぇ。どうしてもって言うなら……俺はここで律と自殺する」

 立ち上がった大雅は、鏡の欠片を自身の首にあてがった。

 何の迷いも躊躇(ちゅうちょ)もない、清々しいほどの覚悟だ。

「…………」

 言葉を失った。

 律に消させた記憶がすべて蘇っているだけでなく、書き換えた記憶も本来のものに戻っている。

「どうやって記憶を────」

「言うわけねぇだろ。なあ、それでどうすんだよ。奏汰を殺すの諦めるか? はっきり答えろ」

 形勢逆転と言わざるを得ない。

 何が起きたのかは分からないが、すべての記憶を取り戻した彼は、自身の命を盾に脅しているわけだ。

 自殺されては彼らの異能が無駄になってしまう。
 何としても奪ってものにしなければならないのに。

 どうすればいいのだろう。
 ここから主導権を取り返す方法が浮かばない。

(……いや、落ち着け。僕は“神”なんだ。この生意気な大雅ひとり、封じられないわけがない)

 冬真はそう思い直すと、一度深く呼吸した。
 肩をすくめて苦笑してみせる。

「……分かったよ、降参。きみにそこまでの覚悟があるなら仕方ない。佐伯奏汰は諦める」

「本当だな?」

「もちろん」

 大雅は慎重に冬真を見返した。

 彼がいま一番困るのは、ここで自分や律に死なれることだろう。自殺や物理的な要因によって。

 それと比べれば、硬直魔法を諦めることなんて安い────その判断は別に不自然ではない。

 ただ、いずれにしてもそれは大雅たちとの決別を意味していた。

「律のことも返すよ」

 野心に諦めがついたからか、どこか()きものが落ちたように見える。

「……ただ、悪いけど僕は協力しない。運営側を倒すならきみたちだけでやってくれ。僕は最後まで傍観してるから」

 それは律の説得に対する冷静な返答なのだろう。
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