春の花咲く月夜には
「心春さんはそうだったな・・・。『なにか』って、なんでもいいですか?」

「うん」

「そうしたら・・・・・・」

悩むように言いながら、賀上くんは前髪を軽くかき上げた。

そして、前を向いたまま、静かな声でポツリと呟く。

「オレの、彼女になってもらっていいですか」

「・・・、えっ!?」

突然の言葉に驚いて、私は思わず立ち止まる。

と、改札に向かう人波の中、後ろの人が私にぶつかりそうになり、賀上くんが咄嗟に私の肩を抱く。

「・・・こっち」

「すいません」と言いながら、人波をかき分けて、賀上くんは空いているスペースまでそのまま私を連れ出した。

改札までの通り道。

真横をたくさんの人が通り過ぎる中、私は、賀上くんと向き合っていた。


(・・・『彼女』・・・・・・・、『彼女』って・・・、『彼女』、だよね?)


私は少し、混乱していた。

もちろん、嬉しい気持ちとドキドキも、同時に存在するのだけれど。

「・・・すいません。モノとか場所って聞かれてこう答えるのもどうかと思ったんですけど・・・。今日、心春さんにちゃんと言おうと思ってたから」

真っ直ぐな瞳で伝えられ、私は思わずうつむいた。

心臓の音が、どんどん大きくなっていく。


(・・・どうしよう、すごく嬉しい・・・。だけど・・・・・・)


葉月さんのことを聞く前ならば、素直に返事ができた気がするけれど。

今の私は、彼の彼女になることに、どうしようもない不安があった。

多くの人が真横を通り過ぎる中、「似合ってない」という目で見られているような気もしたし、恥ずかしさや落ち着かない気持ちもあって、余計に思考が邪魔をする。


(・・・どうしよう。なんて返事をしよう・・・)


答えを出せず、うつむいたままで悩んでいると、賀上くんは「心春さん」と名前を呼んだ。

私は、目線を上げて彼を見る。

「返事、今すぐじゃなくても全然いいんで。少し・・・考えてもらえれば」

「・・・、っ」

「・・・じゃあ、また。会社で」
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