春の花咲く月夜には
「あれ?心春~!」

聞き覚えのある声がして、私は、その方向に目を向けた。

すると、同期であり友人である、紗也華が手を振りながらこちらに歩み寄ってきた。

「おはよー。めずらしく遅いじゃん、寝坊?」

「う、うん。まあ」

「そっかそっか。私たちはこれから取引先に行くとこなんだー」

そう言って、紗也華は右親指で後ろを示す。

もしかして・・・と、私は、紗也華の斜め後ろに目を向けた。

すると、腕時計を気にしながらこちらに向かって走ってくる、賀上くんの姿が目に入る。


(!)


「紗也華さんすいません、お待たせして・・・」

言いながら、彼はふっと顔を上げ、私を視界の中にとらえた。

彼は驚いたような顔になり、私は、ドキッとなって視線を外す。

「じゃ、じゃあ紗也華。私、急ぐから」

「ん?ああ、そうね、ごめんごめん引き留めて」

「ううん」

「じゃあ」と言って、私はうつむきながらエレベーターホールに向かって走った。

心の中は、ドキドキと、ザワザワが混在していた。


(・・・ああ、もう、早速やってしまった・・・。今のは感じ悪かったよね・・・)


彼の姿を目にすると、胸が鳴るのはどうすることもできないけれど。

挨拶はきちんとするべきだった・・・と、早くも私は落ち込んだ。

だけどやっぱり、挨拶のひとつにしても、どういう態度でいればいいのかわからない。

告白の返事はまだしてないし、もしかしたら、断ることになるかもしれない・・・と思うと、余計なことを色々と考えてしまうのだ。


(こんなんじゃ、返事をする前に嫌われちゃうかもしれないな・・・。とりあえず、普通・・・、普通にすればいいのはわかるんだけど・・・)


「普通」って、今までどういう態度でいただろう。

今の私は、彼の前で「普通」でいるということが、とても難しそうだった。






< 107 / 227 >

この作品をシェア

pagetop