春の花咲く月夜には
(・・・って、そんな簡単には気持ちを切り替えられないだろうけど・・・)


うーん、でも・・・、と考えながら、自販機のボタンを指で押す。

ガコン!と大きな音を立て、スポーツ飲料が取り出し口に落ちてきた。


(あ、あれ!?)


コーヒーを買ったつもりでいたけれど。

もしかして、ボタンを押し間違えてしまっただろうか。

見ると、私の欲しかったコーヒーと、スポーツ飲料のボタンは隣り合っていた。


(う、うわあ・・・、きっと押し間違えたんだ。考え事をしてたから・・・)


コーヒーが、スポーツ飲料になってしまった。

まさかのことにショックを受けて、ペットボトルを持ったまま、がーんとその場で固まる私。

と、その時、耳元で「心春さん」と私を呼ぶ声がして、ふぃっと顔を動かすと。

「!」


(か、賀上くん・・・!)


見ると、至近距離に彼の横顔が。

心臓がドキン!と大きく跳ね上がり、私の頬は途端に火照った。

「あっ・・・、お、おつかれさま」

「お疲れ様です。・・・大丈夫ですか?この世の終わりみたいな顔で固まってましたけど」

「えっ」


(この世の終わりみたいな顔・・・)


スポーツ飲料が出てきたことは、自分で思っているよりも、ショックだったのかもしれない。

そこまで・・・と、自分の衝撃度合いを認識しつつ、少し恥ずかしくなってくる。

「・・・や、あの・・・、コーヒーと間違えて、スポーツ飲料買っちゃって」

私は、「この世の終わりみたいな顔」、の理由を彼に伝えた。

すると彼は、「ああ・・・」と言って、残念そうな顔をした。

「確かにそれはショックかも」

「うん・・・」

「けど、ちょっと安心しました。仕事でつらいことでもあったのかなって心配したから」

彼が私を見下ろして、優しい顔で微笑んだ。

私は胸がドキッとなって、落ち着かなくて、視線を外す。

「・・・コーヒーって、これですか?」

そう言うと、賀上くんはスポーツ飲料の隣に並ぶ、コーヒーのボトル缶を指さした。
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