春の花咲く月夜には
私が「うん」と頷くと、賀上くんはICカードを機械にかざし、コーヒーのボタンをすぐに押す。

そして、出てきたコーヒーボトルを自販機の中から取り出すと、「はい」と私に差し出した。

「・・・え?」

「交換」


(・・・え!?)


賀上くんは、私のスポーツ飲料と、今買ったコーヒーを交換しようと提案しているようだった。

私はとても驚いて、ブンブンと首を横に振る。

「だ、大丈夫だよっ。賀上くん、何か飲みたいものがあったでしょ?」

「ああ・・・、はい。ちょうどそれだったんで」


(ぜ、絶対に嘘・・・)


普段彼は仕事の合間、コーヒーを飲んでいるって知っている。

だから今、スポーツ飲料を飲みたいと思っているなんて、絶対に嘘だと思ってしまうわけなんだけど・・・。


(私がショックを受けていたから、こうしてくれてるんだよね・・・)


これは、私のための優しい嘘だ。

それはもちろんわかるから、これ以上、なにも言えなくなってしまった。

「・・・じゃあ、そういうことで」

「いいですか」と言って、彼は私の手からスポーツ飲料を抜き取ると、もう一度、コーヒーボトルを差し出した。

私は、迷いながらも「ありがとう・・・」と手を伸ばし、コーヒーボトルを受け取った。


(・・・賀上くん、優しすぎると思う・・・)


その優しさへの嬉しい気持ちと戸惑いと。

自分がとっていた態度への申し訳なさやら恥ずかしさやらで、私は複雑な気持ちになってしまった。

「・・・ああ、そうだ」

うつむく私に、思い出したように彼が言う。

なんだろう、と見上げると、彼はふっと微笑んだ。

「この前の話、返事、急がなくてほんとにいいんで。心春さん、焦って断ってきそうな感じがあるから・・・。できれば、オレのこと好きになるまで考えてくれたら嬉しいです」

「じゃあ」と言って、賀上くんはその場を立ち去った。

私は、その後ろ姿を目で追いながら、ぎゅっと痛む胸を押さえた。
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