春の花咲く月夜には
「おまえ・・・っ、黙って聞いてりゃいい気になってっ・・・!俺を誰だと思ってるんだよ!!」

「・・・は?知らねえよ。・・・あー・・・もしかして、マジでどっか大きな企業の社員さん?だとしたら、こんな暴力的なの大丈夫?オレかその女の人が訴えたら、アンタ速攻クビになるんじゃねえの?」

「・・・っ、こ、この・・・っ!!」

その時、「お客様・・・!!」と、店長らしき男性が血相を変えて飛んできた。

平沢さんははっとして、掴んでいた男性の胸倉から乱暴に手を離す。

そして、「覚えてろ!!」と捨て台詞を吐いて逃げるように店から出て行った。


(・・・・・・・・・)


ぼう然とか絶句とか、まさにそんな心境だった。

恐怖もあるし、小突かれた腕の辺りも痛むけど、それよりも、頭は混乱状態で、思考が停止しているようだった。

「・・・、『覚えてろ』って、リアルで言う奴いるのかよ・・・」

ゲホ、ゴホ、と咳き込みながら、右隣の男性が、(だる)そうにしゃがんでぽつりと呟く。

その声にはっとして、私は男性の横にしゃがみ込む。

「あの、大丈夫ですか」

「・・・大丈夫。おねーさんこそ大丈夫?肘鉄みたいなのくらってたけど」

「だ、大丈夫です。そこまで強く当たっていないので」

「・・・そうですか。なら、いいけど」

右隣の男性が、はあ、と大きく息を吐く。

騒ぎを聞きつけ、飛んできた店長らしき男性は、平沢さんを追うべきか迷っていたようだけど、私たちの元へと駆け寄った。

「お客様、大丈夫ですか!?よければすぐに警察を呼んできますので・・・」

「ああ・・・、いいですよ、面倒だし。・・・って、おねーさんは?呼びますか?」

「あ、いえ。私も・・・、呼ばなくて大丈夫です」

「そうですか・・・わかりました」

「では、なにかあればまたお呼びください」と言って、店長らしき男性はこの場を離れた。
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