春の花咲く月夜には
・・・その通り。

頷くと、男性はにこりと笑う。

長い前髪のせいで、口元だけしか、あまりよく見えないけれど。

「じゃあ、ライブ来て、当日チケット代オレに払ってください。ちょうど一枚残ってたんで、そうしてくれるとオレも助かる」

「はい」とチケットを渡されて、私はそれを受け取った。

この状況に、気持ちが追い付いていないけど。


(治療費の代わりにライブって・・・、い、いいのかな?)


手元のチケットをまじまじと眺めていると、男性はクスリと笑った。

「オレはお客が増えて嬉しいし、おねーさんもこれで気持ちが治まるだろうから、お互いにとっていいことだって思いますけど」

「・・・そ、そう・・・かな」

「そうです。・・・じゃあ、土曜日待ってるんで」

そう言うと、男性はすくっと立ち上がり、素早く身支度を整えて、レジの方へスタスタと歩き出してしまった。

あっという間。

ふと見ると、私のテーブルの上から伝票がなくなっている。


(え!?あっ・・・、もしかして・・・!)


立ち上がり、慌てて男性の方へ行こうとすると、男性はすでにレジを終え、店の外から私に向かって手を振った。

時、すでに遅しであった。


(・・・これは・・・ライブには絶対行かなくちゃいけないやつだ・・・)


代金を支払わないままライブチケットを受け取って、しかも、コーヒー代まで払ってもらった。

それは私の分だけじゃなく、逃げ去った平沢さんのコーヒー代まで入ってる。

男性は、自分の言動を反省しているようであったし、私が小突かれたことも気にしていたし、色々思うところがあって支払ってくれたんだと思うけど・・・。


(このままじゃ、私としてはますます申し訳ない気持ちになるわけで・・・)


こうなったらもう、なにがなんでもライブには行かなくちゃいけない。

名前も知らない彼のこと。

もう一度会ってお金をきちんと返すため、私の中で、ライブに行くのは決定事項になったのだった。






< 16 / 227 >

この作品をシェア

pagetop