春の花咲く月夜には
咲也は脚立に乗らずとも、シンクの上にある棚に手が届いていた。

やっぱり背が高いんだ・・・と見上げる私に、彼は、「はい」と赤い箱を手渡した。

「あっ、ありがとう・・・」


(・・・なんだろう。なんか、落ち着かないな・・・)


それは多分、さっき抱き上げられた感触が、まだ、身体に残っているから。

初めて触れられた場所でもないけれど・・・、後ろから抱き上げられるのは初めてだったし、いつもと今日は、少し違った。

「・・・、そ、そうだっ。このグラス、一度洗っておこうかな。多分、使うの初めてで」

気持ちを落ち着かせるように言いながら、私は、グラスを箱から出して、シンクの中に、2つ並べた。

そして、スポンジを手にしようとすると、「心春さん」と、彼が私の名を呼んだ。

「・・・ごめん、やっぱ、ワインはいいや」

「え・・・?」

彼の声音が、急に変わったような感覚がした。

不思議に思い、彼を見上げようとした時に、後ろから、突然ぎゅっと抱きしめられた。

「!?」

背中越しに、彼の鼓動を感じとる。

速くなった私の鼓動も、彼に伝わっているかもしれない。

「・・・咲也・・・?」

「・・・・・・」

無言のままで、彼は私の耳にキスをした。

その感覚に、ビクッと身体を震わすと、咲也は、私を抱きしめる腕に力を込めた。

「・・・心春さん、今日の服・・・、会社にはもう着てこないでほしいんだけど」

「えっ・・・?」

突然の、予想外の発言だった。

こういうことを、彼が言うのは初めてだ。

ーーー今日、私が着ている服は、白いニットのトップスに、ロング丈の黒いタイトスカート。

オフィス服としてはかなり無難なものだと思うから、止められる理由も不思議に思った。

「どうして・・・?」

「・・・や、すごい似合ってるんだけど・・・、スカートの方、身体の線が丸わかりというか。最近、先輩たちも心春さんのこと結構見てるし・・・」

「え・・・?」

言われたことに戸惑いつつも、話の全部は見えなくて、私は、背中越しの彼に続きを促す。

咲也は、私の耳と、髪に軽くキスをした。
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