春の花咲く月夜には
「えっ、あ、ありがとう・・・」

ただ、好きな曲を素直に伝えただけだけど、こんなふうに感じてもらえていたなんて。

嬉しいなって思う気持ちと、少し身に余るような思いもあった。


(・・・でも、そっか・・・、あの曲、賀上くんが作った曲なんだ・・・)


ーーーいい曲だったな。

一部の歌詞しか聞き取ることはできなかったけど。

多分、大切な人のために詩を書いて、曲を作ったであろうことは予想ができた。


(もしかして、昔の彼女・・・とか?)


「唯一作った」と言っていたから、本当に思い入れが強い曲なんだろう。

どんな気持ちで、誰のために作ったのかな・・・。

考えていると、「そんなわけなので、なにかあれば言ってください」と、賀上くんは話をまとめた。

私がそっと隣を見ると、賀上くんに優しく笑いかけられて、ドキッと胸を鳴らしてしまった。


ーーー今までとは、なにかが違う胸の音。


そんな自分に驚いて、誤魔化すように、私は、残っていたビールをゴクゴク一気に飲み干した。

「あら~!心春ちゃんいい飲みっぷり。次もビールでいいかしら?」

カウンターにいるマサさんが、空になった私のグラスに目を向けて言う。

私は、少し酔いが回っているのを感じながらも、「はい」と言って頷いた。

賀上くんは、心配そうな顔で言う。

「大丈夫ですか。結構一気に飲んだけど」

「だ、大丈夫。ビール好きだし」

「・・・ほんとに?赤いですよ、顔」

「!?」

賀上くんにジリッと顔を近づけられて、ますます頬が熱くなる。

今、顔が赤くなっているのは、アルコールだけのせいじゃない。

「・・・うん、あの、大丈夫。お酒はほんと、わりと強いし」

「・・・あやしー・・・。これはもう、酔いつぶれたら紗也華さん呼ぶしかねーな」

「や、やめてよ。ていうか、大丈夫だよ」

宣言すると、賀上くんは「ははっ」と笑った。

ーーー綺麗な横顔。

彼の笑顔は、人を惹きつけるものがある。

もちろん、造形の美しさもあるのだろうとは思うけど。

それだけじゃない彼の引力は、積み重ねてきた経験や、心の内側からのものだと思った。





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