轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
「すごく、すごく美味しかったです。なんか語彙力がなくて申し訳ありません」

「いえ、そのお言葉がなりよりのご褒美だと自負しておりますゆえ、こちらこそ感謝申し上げます」

最初から最後まで、目の前で調理し、サーブまでしてくれた料理長を前に、清乃は笑顔いっぱいにお辞儀をし、それを受けた料理長も同じようにお辞儀をしている。

傍から見ると微笑ましい光景だが、高級店としては、らしからぬ状況とも言えるだろう。

今の清乃は、周囲を背景と考えてしまうくらいには、美味しい料理の余韻に浸っていた。

「そんなに嬉しそうに礼を言い合う二人を見ていると、俺も案内した甲斐があるというものだ」

「私もレアな、む···いえ、タカシ様の表情を見ることが出来て光栄でしたよ」

「レア?さっきの焼き加減はミディアムだったような?」

オヤジギャグ級のボケ。

これは、清乃のネオチ前のサインなのだが、そのことを理解している者はここにはいない。

「ええ、今日のタカシ様は、レア中のレアなのですよ」

「料理長」

「生中の生はただの生···」

からかうような料理長と、それを責めるようなタカシ。

二人の会話の意図するところが分からず、首を傾げる清乃だったが、その瞳はトロンとしており、こうなると傍目にも限界目前なのだと分かった。

「清乃?」

和牛のフルコースを味合う間に、タカシと清乃は、お互いを名前で呼び合う程度には、仲良くなっていると料理長は評価していた。

「清乃様はいよいよ限界のようですね。お話からはお仕事が忙しく、二徹に近い状況だったようですし、お腹も満たされて睡眠欲が刺激されたのでしょうね」

カウンターテーブルに突っ伏して寝息を立て始めた清乃を、他の客の視線から隠すように料理長がウェイターに指示をする。

美しい衝立てのようなものがさり気なく置かれた後、

「タカシ様、清乃様をお運び致しましょうか?」

どこからともなく現れたガタイの良いSPのような男が、眠る清乃の横にさり気なく降り立った。

「いや、それには及ばない。俺が運ぼう」

細マッチョのタカシだが、清乃をすんなりと姫抱きする姿はとても凛々しい。

「料理長、ご馳走になった」

「また、清乃様と一緒にご来店くださいませ。特上の和牛をご用意してお待ちしております」

「ああ、そうさせてもらう」

落とさないように清乃を抱えて歩くタカシの後ろ姿は、いつもの冷徹さや厳しさは伺えない。

むしろ、今日の顔合わせで何らかの感情が生じている様子で、知らない他人が見てもわからない程度ではあるが、仲睦まじい様子は微笑ましい限りだ。

「縁(えにし)を感じますね」

そんなポツリと呟いただけの料理長の言葉を拾ったのは、黒ずくめの先程の影武者SPらしき人物のみ。

小さく頷いた彼は、二人分の会計を済ますと、音もなく扉の向こうに消えていった。


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