御曹司は極秘出産した偽りの恋人を離さない

3 きみじゃなきゃダメなんだ Side清都

七年前、大学を卒業した俺は父が社長を務める国内大手のビールメーカー、クリスタルビール株式会社に入社した。

クリスタルビール株式会社はビール以外にも多種多様な酒類や飲料、食品、健康食品と医薬品の製造販売、飲食店事業を展開している。

数年後には飲食店事業部のトップを任されることを見越し、俺は全国でもトップの売上を誇る店舗に実地研修に赴いた。

そこで出会ったのが大学入学直後、バイトに採用された映美だった。

映美の第一印象は、素朴で真面目な頑張り屋。

授業の後のホールを走り回る仕事内容は体力的にもキツいが、常にほんわかとした柔和な笑顔を絶やさず物腰もやわらかい。
接客態度は穏やかでそつがなく、丁寧な仕事ぶり。

スタッフからもお客様からも評判がよく、当時店長だった小橋亜紀さんもそんな彼女に信頼を寄せていた。

しかし、仕事に夢中になると周りが見えづらくなるときがたまにあった。

例えばバイトのシフトを積極的に増やしたために大学の単位を落としそうになったり、成人してから行った醸造所の見学では、ビールの味を知ろうとして試飲しすぎ、ベンチで爆睡したり。

体調不良になったスタッフの代わりに出勤できないか打診すれば、一番にすっ飛んでやって来る。

熱心なところが長所でも短所でもある映美を周りは心配したが、当の本人はどんなときでも得意の柔和な笑顔でこちらまで脱力させた。

実地研修の半年間、すぐそばでそんな様子を見ていた俺は、優しく自然体の魅力がある彼女の虜になっていた。

事業部長になり店舗での実地研修を終えた後も、理由をつけては会いに来た。
いくら忙しくても足が向く。彼女への気持ちに逆らえなかった。

そんな毎日が六年以上も続き、いつしかこの彼女に固執したような行動に理由があるとすれば、それはつまり愛なのではないかと気づいた。

それまでの俺はというと、浅い恋愛しかしていない。
というのも、ひとりっ子であるがゆえ、一族経営の会社を継ぐのは既定路線。

このままいけば、誰にも真剣な思いを抱くこともなく、親が決めた相手とお見合いしたり、政略結婚をするのだろうと見限っていたからだ。
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