先生の愛が激重すぎる件
一軒家のこのレストランは住宅街の片隅でひっそりと営業している。にもかかわらず、予約の取れない人気店だ。
なんでもオーナーシェフは海外の三ツ星レストランで料理長を務めたことのある実力者らしい。
「今日、来れないかと思った」
食前酒の入ったグラスを傾けながら明日美が言った。
「俺は絶対に来るつもりだったけど? 明日美との休日、仕事で終わらせてたまるかってめちゃくちゃ頑張った」
俺は運転があるので炭酸水だけど、仕事終わりに明日美と飲むものはなんだってうまい。
「ありがとう。さすができる医者は違うねえ」
「それほどでもねえけどな」
最近気づいた。明日美に褒められるとすげえ嬉しいってことに。きっと俺の仕事ぶりを常に側で見てくれているからこそ響く言葉なのだろう。
今まで出会った女性たちも「すごい」とか「かっこいい」とか、おおげさに称賛するような言葉を使っていたけれど、あまりピンとこなかったのはそのせいだ。そんな子たちといくら出会いを重ねても真面目に付き合えるはずがなかったんだ。
「正臣」
「ん? どうした」
「スマホ、ずっとなってない?」
そういわれてどきりとした。気付かないふりをしていたがさっきから俺のジャケットのポケットの中でスマホが着信を知らせている。店内が静かすぎてバイブの音さえも明日美に届いてしまっていた。
「病院からじゃないの?」
「ああ、病院からじゃない……」
病院から持たされている携帯電話は胸ポケットに入っている。
「出なくていいの?」
プライベートのスマホに電話をかけてくるのは、明日美以外では家族か、和美しかいない。
家族からの電話なんて年に数回しかないし、こんなにしつこく鳴らすのは和美だけだ。
「……出なくていい。食事中だし」
「でも、誰からなのかは確かめた方がいいんじゃない? ご家族からだったらすぐに出てあげた方がいいと思うけど」
そういって明日美は俺をじっと見た。
おそらく明日美は電話の相手が誰なのか察しているんだろう。その上で俺にスマホを確認しろというってことは、その後の対応を試そうとしているんだろうか。
いや、本当に善意で言っているだけかもしれない。緊急の連絡なら電話に出た方がいいという純粋な気持ちから。
「早くしたら?」
「お、おう」
――ああああ、何が正解だ?
見るか。見るとしたらこの場で?それともトイレで?
「なにしてるの、かして? 私が見てあげる」
そう言って明日美は手を差し出す。俺は言われたとおりにスマホを手渡した。
「ごめん。和美さん、じゃなかった。三村さんだって。切れちゃったからかけなおしてくれば?」
画面に表示された名前を見て、明日美は言う。俺は無言で首を左右に振った。
「……三村さんはマネージャーだよ、和美の。だから電話はかけなおさなくていい」
「そ、そう」
俺が追い返したりしたからマネージャーに泣きついたんだろう。和美の行動パターンは学習済みだ。電話に出たら呼び出される。三村さんには悪いが、俺はもう和美にはかかわらない。
「なんか、ごめんな。せっかくのランチなのに……」
楽しい雰囲気をぶち壊してしまった。
「ううん、私が自分で見たんだしいいよ。それに出ないって言ってくれて安心した」
明日美は強張った表情を緩めた。
「不安にさせて悪かったよ。でももう関わらないってきめたんだ。だから明日美は心配しなくていいぞ」
俺は強い口調でそう言った。食事が終わったら二人の電話番号は着信拒否設定にして削除するつもりだ。
「……分かった」
明日美は俺の目を見てそう言った。おそらく完全には信じ切れていないのだろう。でもこれ以上和美とのことで不安にさせるつもりはない。
「うん。じゃあ、食べようか。ワインも追加する?」
これでようやく明日美との平穏な日々が訪れる。俺はそう信じて疑わなかった。でも…….