恋の魔法なんて必要ない!~厭世家な魔術師と国外逃亡した私の恋模様~
「...その家ってのは...俺の屋敷か?」
腕の中で尋ねられた問いに、戸惑った。
そうだ、私はあの屋敷を出ていくんだ、もうしばらくしたら。
「そ、その、...今までで一番家らしいところだったから、」
そう、まるで言い訳のように答えてしまう。
「......別に構わない」
小さく呟かれたその言葉はどういう意味なのか、霧に包まれたようなまま私の耳に残った。
そしてイヴァンは小さな箱を胸ポケットから出して、パン、と箱を閉じ鍵を閉める。
そうしたらひゅっと、暗くてジメジメした空間は跡形もなく消えた。
そしてその箱は彼の手のひらで燃え、灰となった。
元の場所に戻ってきた、というのが正しいようで、ここはたぶん王都の本通りから抜けた横道の狭いどこか。
うまく回らない頭ではそれが精一杯。
「何があった、何されたんだ」
側に転がっている瓶を見つけたイヴァンは私を抱えたまま拾い上げ、嗅いだのはこれか、と尋ねてきた。
頷くと、暫くの間暗闇の中で瓶の印字を目を凝らして読んでいた。
もう眠くて、寝てしまいたかった。
でも用心してないとまた突然腕を掴まれそうで、首に回していた腕を引っ込めた。
私は頭を硬い肩にもたせ、ぼんやりしていて。
合わせが悪い、とかブツブツ言っているのを聞いて、私はあの顔を思い出していた。
幸せそうな顔だった。
出会った初めの頃に見た──薬草だらけの庭の片隅で、大好きなものに話しかけるように優しい顔。
今は顔をしかめて何かを見て考えて、をしているようだけど、源は同じところだと分かる表情だ。
────決して私に見せない顔だった。