恋の魔法なんて必要ない!~厭世家な魔術師と国外逃亡した私の恋模様~
ぐるぐる考えるうちにすっかり萎んだ気持ちで裏庭を横切る。
怪我のせいか気持ちのせいか普段より重く感じる手を握り、小屋の戸を叩く。
と、不思議な香りが鼻を突いた。
優しいいい香りじゃない。
錆びついたようなピリピリした何か。
思わず袖で口を覆い、反対側に動く気配のない扉をそうっと開けた。
と、扉にぐいっと吸い込まれるように感じて、覗くだけのつもりが気づけば扉は後ろでそっと閉まっていた。
────そこは、いつも訪れる時とかけ離れた光景が広がっていた。
暗くて、赤くて、焦げ臭い。
ドアノブを探してもどこにもない。
淀んだ空気に思わずうずくまると、気配を感じたのだろうか、言うまでもない誰かの靴が視界に入り止まった。
「立て、出ていけ。入って来るなと言ったろうが」
「...え、......ご、ごめん」
そんなこと前に言われたっけ、私はなんで謝ってるんだろう、なんて考える余裕はなかった。
いつもは落ち着いた翡翠色の瞳が、今はギラギラと光っていたから。
「お前もか?お前も...結局は、」
尋常ではない殺気と似た熱を感じて、ずり、と一歩下がる。
一歩引いたら、ずんと一歩詰められる。
咄嗟に蹴られると感じ、お腹を防御するように腕が勝手に動いた。
「や、やめて、」
手が伸びてくる。
「やめて、怖いから...っ」
これはイヴァンじゃない。
絶対違う。
「イヴァン、」
イヴァン・ハンノルド...と呼びかけると。