恋の魔法なんて必要ない!~厭世家な魔術師と国外逃亡した私の恋模様~
足音が聞こえていないのか、彼は何かの草に触れ独り言を言っていた。
「あの」
肩を軽く叩くとやっと顔を上げる。
「お前か。何の用だ」
途端に表情を固くした彼の前に、毛布を差し出す。
「色々して頂いて、ありがとうございました」
草に視線を戻しながら彼は尖った声で言う。
「正面の戸口に置いておけ。そして速やかに出ていけ」
「はい、失礼いたします」
この冷たい態度に、何もそこまで、とは思うが泊めてもらった立場なので何も言えない。
それに、対価として何かを求められない。
この点は本当にありがたいのだ。
今、人にあげられるものなど持っていない。
ましてやこんな身分の高そうな男に。
「待て」
──ただ一つを除いて。
立ち上がり、庭から出ようとしていた身体をピタリと止める。
恐る恐る振り返ると背を向けたままだった黒髪が揺れた。
「左腕の袖に何が入っている」
翡翠色の瞳が、射抜くようにこちらを真っ直ぐに見つめていた。