恋の魔法なんて必要ない!~厭世家な魔術師と国外逃亡した私の恋模様~
「なんでお前はあの時、あそこにいたんだ?」

「わからない...覚えてないわ...」


そう呟いて、何か思い出しているようだ。

考えるときいつも鼻に指をあてるのは、癖なのだろうか。


「...──アリーナ、そうよ。アリーナが生まれる時。母さんは部屋に籠ったきりずっと会ってくれなくて、唯一遊んでくれるお父さまが...その日は出かけるって聞いて、無理矢理連れて行ってもらった。...きっと残されたくなかったからね、屋敷に一人」


そう答える唇もふわふわと動き、瞳もぼんやりしている。


何だか疲れているようだ。

今日は様子がおかしかった。

村人になにか言われたのだろうか。


心配しないわけではないが、関わりにいくこともない...よな。




────と、大事なことを忘れていた。

「アンナ、明日、出かけてくれないか」

「え?...一緒に?」

「いいや、一人で。すまない、家を空けてほしいんだ」


なぜ?と訊いてくるその夜でも透き通る目からつい逸らしてしまう。


「来客でな」


「...わかった。じゃあ、いつかのあの印刷屋の...おじいさんとこ、行ってみます」


ゆっくり俯いて、そして顔を上げふっと笑った。


あぁ、我慢の顔をさせてしまった。

この悲しげに生きている娘を。

だが致し方無い。



これは誰にも、決して言えない秘密なのだから。











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