人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「もう諦めて国のために聖女と結婚すれば? そしたら帝国的には全部丸く収まるじゃん」

 アリアがどう思うかは知らないけど、と言ったアレクはじっとロイの琥珀色の瞳を見つめる。

「リベール帝国のロイ殿下と言えば冷静沈着、まるで盤上でゲームをするかのように相手を動かし効率重視で物事を運んでいくスタンスであんた元々誰かに執着するタイプじゃなかったろう?」

 昔公務で何度かロイを見かけた事はあるが、アレク的にはお近づきになりたいタイプではなかった。

「だから、僕はアリアがあんたのとこに嫁ぐのは反対したんだ。絶対、あんたはアリアを幸せにしない。アリアは近い将来きっと泣く羽目になるって思ってたから」

「……否定できないな」

 俺はアリアを泣かせてばかりだとロイはつぶやきながら、アリアの長い髪をそっと撫でる。
 とても大事な宝物に触れるかのように。
 眠っているアリアを見つめるその顔が、演技だとはとても思えなくてアレクは眉を顰める。

「アリアはきっとこの状況を知れば俺との離縁を選ぶだろう。お幸せに、って躊躇いなく俺の手を離すんだ」

『私、未来を知ってるんです。全部じゃ、ないんですけど』

 そんなアリアの声が耳元でこだまする。
 眠っているアリアの顔を見ながら、アリアにはこの未来が見えていたのだろうか? とロイは考える。

「いつもアリアは俺の幸せを祈ってくれる。自分の幸せを望めばいいのに、いつも俺の事ばかり」

 何度も何度もアリアは言うのだ。

『幸せになって』

 と。
 
「だけど、アリアが俺の事を幸せにしてくれるとは絶対言ってくれないんだ。いつも、アリア以外の誰かと歩む人生が俺の幸せだと確信しているみたいに」

 この帝国に嫁いで来てから、いつもどこかでアリアには線を引かれていた。
 まるでいつでも手を離す準備ができているかのように。

「でも、俺はアリアにそばにいて欲しい。それがアリアの知っている幸福でなかったとしても」

 だけど、とロイは思う。
 仮に幸福が保証された未来があるのだとしても、アリアがいてくれる先の分からない未来の方がいい。
 もう、手を離す事なんて考えられないのだ。
 アリアに笑っていて欲しいと思ってしまったあの時から。

「アレク、その賢い頭を貸してくれないか? 俺には今のアリアの状態がさっぱりわからないんだ。どうにか、目を覚まさせる手立てが欲しい」

 頼むとロイはアレクに頭を下げる。
 アレクはそんなロイの本音を聞きながら、もう2週間目を覚まさないアリアを見つめる。
 アリアに呼ばれて初めて帝国の地を踏んだ時は、まさかロイとこんなふうに打ち解ける日が来るとは正直思わなかった。

「……目が覚めるかどうかは、正直アリア次第だと思う」

 ぽつりとアレクは重たい口を開く。

「だけど、気になることはある」

 僕が話せるのはそれだけだとロイの方を見て告げたアレクは、外に出るよう促した。
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