人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「確かに姫のおかげだ。お礼がしたい。何が欲しい?」

 アリアの能力が本物かどうかはさておき、利用できるなら、懐柔し利用したい。そんなロイの意図を読み取ったかのように彼女はロイを真っ直ぐ見据えて、

「1年以内に私と離縁してください。期日は鈴蘭の月が終わるまで、です」

 アリアは自分の要求を述べた。

「先日国を挙げて結婚したばかりだと言うのに、随分とつれないことをいうな」

 できるわけがない、とは決して言わないあたりが本当にロイらしいとアリアは思う。
 彼、という為人はおそらくロイ以上に自分は知っているとアリアは思う。
 ずっと、ずっと、初めて会った瞬間から恋焦がれているのだ。あんな目にあったと言うのに、今も性懲りもなく高鳴る心音に自分でも呆れるほどに。

「先日は、お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。殿下の寛大なご配慮に感謝しております。この離宮に、私の身柄を移してくださったことにも」

 本館と渡り廊下一つで行き来できる本来あてがわれた正妃のための素晴らしいダイヤモンド宮。
 ここは嫌だ離宮に行きたいと駄々を捏ねた自分を罰する事なく要望を聞き入れてくれたロイと数日の冷却期間のおかげで随分と冷静になれたアリアは、改めて先日の非礼を詫び、礼を述べる。
 その所作は一国の姫に相応しい完璧なもので、先日果物ナイフ片手に脅してきた人物と同じとは到底思えないほどだ。

「離縁してくださるなら、私必ず殿下のお役に立ってみせます。離縁後もキルリアとの同盟が崩れる事がないよう尽力します。ですから、どうか私と1年以内に離縁してください」

「それほどまでに、俺が嫌いか?」

「いいえ、殿下。殿下が私を疎ましく思うのですよ。運命の恋とやらに落ちて、真実の愛に目覚めた殿下が」

 アリアはひどく苦しそうな表情を浮かべて、悲しげな声でそう言った。とても嘘をついているようには見えないが、全くもって信じられない話だ。
 運命、だの。
 真実、だの。
 恋、だの。
 愛、だの。
 全くもってくだらない。

「運命だの、真実だの、恋だの、愛だの、全くもってくだらない。そんな曖昧で不確かな感情で俺が動かされるわけがない、と。殿下は今お考えでしょう?」

 顔色一つ変えなかったというのに、的確に考えを当てられてロイは内心で舌打ちする。もちろん、表情には出さないが。

「まさか! 姫がそんな切ない表情をなさるから、一体何がそこまであなたを追い詰めているのだろうと考えていただけですよ」

 柔らかく微笑み優しげな声音で気遣うようにそう話すロイにときめく心臓を握りつぶしたくなりながら、アリアは言葉を紡ぐ。

「殿下。今はあなたを陥れようとする沢山の悪意や苦労が山積みで、心休まる日がないかもしれない。だけど、あなたはこれから先、絶対幸せになります。大丈夫。愛される喜びを知って、愛し方を学んで、どんな困難にも打ち勝って。いつまでも、永遠に」

 アリアはとても優しく、美しい微笑みを浮かべる。その慈愛に満ちた表情に、ロイは引き込まれそうになる。
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