人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「殿下。だから私にはもう殿下のそんな優しさ(うそ)を与える必要はないのですよ。私がこれから先、殿下に望むのは、殿下から離縁されること。それだけです」

 そんなロイの心情など、一切汲み取らず、どこか遠くを見つめたアリアは両手を組み合わせ懺悔するように誓う。

「殿下、あなたに愛されようなどと身の程知らずな事はいたしません。殿下に愛を乞う事も、付き纏うことも、追い縋ることも、決していたしません。私は、あなたの障害にも敵にもなりません。どうぞ、1年後に現れる運命の相手と愛溢れる生活を享受されてください」

 そう、やっと心からこう言える。とアリアは心の中でつぶやく。
 心はズキズキ痛むけれど、でも今ならまだ傷は浅いはずだ。これ以上傷がつかなければいつか、癒える日だって来るかもしれない。

「本当に、未来でも見えるかのようだな」

 ロイはまるで信じていない口調でそう言った。

「きっと、色々変わる事があっても、これだけは変わらない確定事項なのですわ」

 だって、これはあなたと彼女のための物語なのだから、とアリアは内心で付け足す。

「それで、姫はどうなるんだ?」

「殿下の前から消えます。真実の愛の前では悪役姫など、邪魔なだけですもの」

 できる事なら彼女が現れる前に消えてしまいたい。そうすれば、ロイと彼女、ヒナが仲睦まじく並ぶ姿を見なくて済むから。
 自分には生涯向けられることの決してない、あの蕩けるような微笑みを浮かべるロイを見る前に、自分が嫉妬に絡め取られる前に、なんとしても今度こそは。

「姫には、政略結婚とはいえ妻帯者である自分が姫を差し置いて愛欲に溺れる人間に見えると言う事だね」

 冷たい声でロイがそういい放つのを聞き、アリアは固まる。確かに彼女と恋に落ちる前、愛だの恋だのに興味のないロイには自分を律せない奴と侮辱しているように取られたかもしれない。
 だが、実際そうなるのだから仕方ないじゃないかとアリアは思う。

「殿下、私達の間に芽生えるものなど何もないのですから、私のことなど気にしなくていいですよ。むしろ早々に捨て置いて頂きたい。私に誤解させないようにするのも運命の相手への優しさだと思います」

 アリアはそろそろ幕引きの時間だなと懐中時計に目やって、立ち上がると淑女らしく礼をする。

「とても素直で可愛くて、優しさと思いやりに溢れた運命に果敢に立ち向かう勇敢で素敵な方なのです。だからどうか、大切にしてあげてくださいませ」

 そう言ったアリアに何か言いたげにロイが口を開きかけたところで、彼の側近から緊急の案件が発生したと声がかかりロイは仕方なく去っていく。
 その背を見送りながら、アリアは思う。

(もう、我慢なんてしないっ! 絶対、物語から退場してみせるわ)

 自分には彼女に勝てる要素なんて何一つない。だって彼女は今から1年後に異世界から召喚される世界を救う聖女でこの小説のヒロインなのだから、と。
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