ビールで乾杯
「とりあえず、生ビール二つ」

 予約していた個室居酒屋に着くと、コートも脱がないうちに、部屋を案内してくれた店員に佑都が言った。
 バッグを置き、二人分のコートをハンガーに掛けて席に着いたところで、「失礼します」と声がしてビールが運ばれてきた。
 こういうところだ。
 絶妙なタイミングを見計らって物事を進めることができる辺り、さすが佑都だ、といつもながら感心する。そして、真理が言ったことをちゃんと覚えてくれていたことも。

「真理、誕生日おめでとう」
「ありがとう」

 グラスを合わせた真理の笑顔が弾む。希望通り、ビールで乾杯だ。

「七年も付き合ってるのに、数えるくらいしか一緒に飲んだことないって、何か変だね」
「だよな。七年か……なげえよな」

 佑都は遠い目をしてそう言ってから、メニューを真理のほうに向けて広げた。

 今だったかな。

 真理はタイミングを逃してしまったことに気付く。
「長いよね」と返せば、佑都は何と言っただろう。

「お前これ好きなんじゃねえの?」

 メニューの写真を指差しながら佑都が言った。

「あ、美味しそう! それ食べたい」
「これも好きだろ?」
「うんうん、それも食べる~」

 佑都は真理の好みを知り尽くしている。
 だが、今の真理の心境には全く気付いていないようだ。

 お願いだから……早く気付いて!

 真理は心の中で叫んだ。
 こんなに幸せな時間を過ごした後に、別れ話を切り出すことなんて絶対にしたくない。

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