オタクが転生した結果

ヒロイン登場

時は流れて一年後。

ひとりの男爵令嬢が、舞踏会会場となる王宮のダンスホールに、満を持して登場した。

彼女の名前はミュリエル・シャルロワ。纏ったドレスは決して上等な物ではなく、装飾も慎ましやかな物だったが、彼女自身が放つ華やかさがそれら全てをカバーしている。

そう、彼女は紛れもなく、この物語のヒロインで、転生者なのである。

(今日の主役はこの私よ!さあ!王子へと続く道を開けなさい!)

ミュリエルが描いていた筋書はこうである。

ミュリエルが入場すると皆の視線が一身に集まった。類稀なるその容姿に、会場は驚きに包まれる。近寄り難い程の美しさは、彼女が足を進める度に、道を開かせていく。そしてその道は、王子へと続いていた。王子は彼女を一目見るなり恋に落ちるのだ。ミュリエルの物語が、今、始まろうとしている、、

だがどうだろう。彼女の筋書は一行目から狂い始めているように思える。ミュリエルは、既に入場しているのだ。なのに、特に視線は感じない。視線が集まらなければ、その美しさで人々を驚かせる事もできないし、道も開かず、王子にも会えず、恋も始まらない感じだ。

(何かがおかしい、、)

確かにここは異世界だ。だからと言って、全てが筋書通りに進む事なんて、あり得ないのだ。その事にミュリエルはまだ気付いていない。恐ろしい程の鈍感力である。

ミュリエルと違って、冷静に周囲を見渡し、様子を伺っている者達がいた。深紅のドレスを纏ったマルゲリットと、黒のドレスを纏ったエメリーヌだ。

彼女達にとっても今日がデビューの日だったが、目的は別にある。赤と黒のドレスがその証だ。

マ「思ってたより簡単に見分けがつきそうじゃない?」

エ「そうね。水色のドレスを着た貧乏ったらしい子達の事言ってるんでしょ?間違いないと思う」

マルゲリット達は『王子が婚約者のクリスティーヌにベタ惚れで、舞踏会で彼女に自分色のドレスを着させるらしい』と、ド派手に噂を流しておいたのだ。

この国の常識に照らし合わせれば、そんな噂を耳にすれば、王子の婚約者と同じ色のドレスは着れないだろう。

しかし、ヒロイン気取りの転生者達は違う。王子が自分に惚れ直すと信じて疑わず、王子色は自分にこそ相応しいと考えるはずだ。

案の定、水色のドレスが会場内でチラホラ蠢いている。さすがのマルゲリット達も、まさかここまで罠に掛かってくれるとは思っていなかった。まさに入れ食い状態である。

マ「とりあえず、あそこで固まってる3人から潰しましょう」

エ「そうね。パッパと終わらせて、クリスティーヌ様の入場に間に合わせたいわ」

彼女達の目的、、それは推しカプの障害となる者達を消す事に他ならない。その為には、自らが悪役令嬢となる事も厭わなかった。赤と黒のドレスは、その決意の象徴なのである。
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