隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 熊鞍さんたちの話は、社長の娘さんとの結婚が決まれば部長は昇進するだろう、そうなれば営業部はこんなにピリピリしなくなるかも、という風で終わった。

 部長は、二十八歳という若さでイノベイティブ・ホームズの東京本部営業部長を任されるような優秀な人材だ。上に行くべき人だ。だから、この話になんら違和感はない。
 違和感がないことが、悔しくて、苦しい。

 パソコンの脇に置いたシロのぬいぐるみキーホルダーと目が合った。
 これは、部長からもらった『ペットの証』だ。

 婚約者がいるのなら、きっとこれからは社長の娘さん、もとい、婚約者さんが部長を癒してくれるはずだ。
 現に、今私にその役割が回ってこないのは、既にそうなっているからなのだろう。

 けれど、部長は私を捨てない。
 それは、私が“ペット”だからだ。
 ペットを勝手に捨てることはできない。きっと、その呪縛のせいで、部長は私を“飼い続けて”いるんだ。

 オフィスに部長が戻ってきて、ピリッとした空気になる。
 席に座った部長をちらりと見た。いつもと変わらず、部下に指示を出し、淡々と仕事をこなす部長の顔に、“婚約者”の陰は見えない。
 けれど、それは私だって同じことだ。部長の顔に“ペット(猫宮)を飼ってます”の文字は全く見えない。

 いつものように仕事を終わらせ、今日はなんとなくお酒が飲みたくなって、居酒屋に立ち寄った。
 けれど、一人で飲むのも虚しくて、三杯で早々に店を出た。
 駅前のカフェで、閉店時間の二十三時まで過ごす。窓の外に、部長の姿を探してしまう。

 これじゃあだめだと、ため息をこぼした。
 本当はお見合いのことを、部長に聞いてしまいたい。
 けれど、お見合いのことに触れたら、もっと私に構ってほしいとわがままを言っているようで、言えない。
 そんなことでは、ますます部長から離れられなくなると思う。

 一人立ちしなくては。
 そう思って、部長のペットとして過ごした約二か月間、甘えてはいけないと思いつつもだいぶ部長に甘えていたのだと気づいた。
 それで、ますます部長から離れるべきだと思った。
 
 窓の向こうに、部長の後ろ姿を見つけた。
 夜も更けているのに、堂々と歩く後ろ姿。今は部長は一人だけれど、近い未来、その隣を歩くのは私じゃない、別な女の人。
 私だって、いつまでも部長に寄りかかって生きてきたいわけじゃない。

 強くなりたい。
 だから、私が出ていこう。

 そう胸に誓って、そっとカフェを出る。
 少し前までの私なら、部長に声をかけていたのだろう。
 けれど、私は部長と距離をとり、わざと部長より遅れて彼の部屋に戻った。

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