忘れえぬあなた ~逃げ出しママに恋の包囲網~
過去‐出会い
ポツン ポツン。
夕立でもない弱い雨が地面を濡らす。

「雨が降って少しは涼しくなるかしら」

尊人さんと約5年ぶりに再会した日の夕方、順調に仕事を終えた私はデスク周りの片付けをしながら窓の外を見ていた。

子供の頃から夏が大好きだった。
焼けつくような日差しの下、弟と2人外を走り回って遊んでいた。
両親がいて、弟がいて、裕福ではなかったけれど、私はとても幸せだった。
そういう意味では凛人に対して申し訳ない気持ちもある。

「あれ、降ってきたね。傘置いてあったかなあ」
帰り支度をしながら、スタッフも窓の外を見ている。

この会社は都内でも交通の便がいい場所にあり、駅からも徒歩数分。
大きなビルも隣接しているから、その気になれば外を通らずに駅まで行くこともできる。
だからかもしれないが、スタッフのみんなはあまり傘を持ち歩かない。
私は一応折り畳みに傘を置いてはいるが、凛人を連れて帰ることを思うとあまり外を歩きたくないな。

「沙月ちゃん、よかったら送って行こうか?」
何気なく外を見ていた私に、慎之介先生の声がかかった。

「いえ、そんな、」

確かに、天気の悪い日には何度かアパートの前まで送ってもらったこともある。
でも今日はそこまでの悪天候でもないし、まだ外も明るいから、凛人と2人歩いて帰ってもそう苦にはならないはずだ。

「帰るついでだから遠慮はいらないよ」
「いえ、本当に。それに、帰りに買い物もしたいと思っていますので」
「そう、じゃあ仕方ないね」
「すみません」

親切で言ってもらっているのがわかるだけにとても申し訳ないけれど、できるだけ人に甘えないでいようと私は心掛けている。
シングルマザーの道を選び凛人と2人で生きていこうと決めたのは私自身だから。
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