悪役令嬢リセルの恋
「リセル・シルフィード嬢。今夜、あなたと踊る栄光を私にくださいませんか」

 周囲からは、ざわっと、驚きの声が上がった。
 ──私の名前……知っていたの? いつから。

「殿下がリセル嬢をあんなふうにお誘いするなんて」
「悪女とうわさのお方ですのに、どういうことですの?」
「リセル嬢がどうして!?」

 阿鼻叫喚の声が二人を取り囲むが、クロードはまったく意に介さず、極上の微笑みでリセルだけを見つめている。
 ──皇太子殿下だなんて……それに、私の悪評も聞こえてるはずなのに……。
 それでもやさしい瞳はリセルにとどまったままだ。
 衆目を浴びる中リセルが出した声は、驚きと戸惑いと緊張でとても小さく震えていた。

「はい。大変光栄でございます」

 おずおずと手のひらに指を乗せると、クロードがそっと口づけ、リセルをホールの中央まで導いていく。
 まるで夢を見ているようで、自分の足で歩いているのかさえも確かではない。
 ふたり向き合って礼を取ると、待ち構えていたように音楽が奏でられた。
 クロードのリードは柔らかくて踊りやすく、次第にリセルの緊張もほぐれてくる。

「リセル、今夜もとてもきれいだ」
「……殿下こそ、とても素敵です」
「セドリックでいい。クロードでも。気軽に呼んでくれ」
「そんなわけには……」

 皇太子と知ってしまった以上、気楽に接することができない。
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