悪役令嬢リセルの恋
 それに彼はシンデレラのヒーローであり、このあと登場するヒロインにひとめぼれをする運命だ。そうなればリセルなど眼中に入らなくなる。
 でもそれまでは、その瞬間までは、クロードの心はリセルのもの。このわずかな幸運の時を精いっぱいに享受したい。
 ──だから、泣かない。
 このダンスが最初で最後だから、彼の記憶の中でも最高の姿でありたい。
 リセルにとっても一生の思い出になるのだから、涙をこぼして台無しにしたくはない。

「いいんだ。俺がそうしてほしいのだから。これは、命令だ」

 名前を呼ぶ。こんなことで権力を使うとは。リセルは少し呆れてしまうが、同時に可笑しくもあった。

「わかりました。……セドリックさま」

 気恥ずかしさを隠せず、微笑みながら名を口にすると、それでも彼は気に入らないといったように少し顔をゆがめる。

「敬称も必要ないんだが……」
「いいえ、帝国の皇太子殿下を呼び捨てにはできません。私は伯爵令嬢にすぎませんから」
「……今は、我慢しよう」

 仕方がない。と苦笑するクロードは祭りの夜に会った彼となんら変わらない。
 このまま時が止まってしまえばいいのに。シンデレラが来なければいいのに。
 そう願ってしまうのは、リセルのエゴに過ぎない。
 時は無情に過ぎ、ダンスは終わりを告げる。互いに礼を取って終了すると、待ち構えていた令嬢たちがクロードのもとに駆け寄ってきた。
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