絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 事の起こりは『シドニア花祭り』まで一か月強に差し迫った昨日のことだ。
 打ち合わせと差し入れを兼ねて公舎を訪れたフランチェスカが、王都に行く必要があるとマティアスに伝えたところ『では自分も一緒に行く』と提案されたのだ。
 驚いたが、目的は『舞台衣装の最終確認』と『ついでに実家に顔を出す』くらいだったので、断る理由もなかった。
 そしてフランチェスカはマティアスとふたりで、王都へと向かっている。

 しかも列車の旅だ。馬車なら三日三晩かかるところ、途中馬車での移動も必要になるが、列車なら半日で行けると言われ、生まれて初めて列車に乗った。残念ながら列車には個室がないのだが、ダニエルに鉄道会社に手を回してもらって、一両貸し切りにしてもらっている。
 フランチェスカとしては『貸し切りにしなくても』と言ったのだが、マティアスからは『あまりお行儀のいい乗客ばかりではないので』とさらりと断られてしまった。
 市井の人々の様子を感じてみたかったが、マティアスとふたりきりというのも悪くない。

(あまりはしゃがないようにしないと……!)

 車窓から外の景色を意識して眺めながら、唇を引き結んだ。
 浮ついて仕事ができない女だとは思われたくない。自分の恋心は別にして、マティアスには仕事の面で、領主の妻として認められなければならないのだ。
 ふと、出がけにアンナからささやかれた言葉を思い出す。

『もしかしたら旦那様、フランチェスカ様のこと、好きになり始めておられるのでは? そうでなければあれほど近寄らなかった王都に行くはずがないのでは?』

 アンナの言葉は、フランチェスカを舞い上がらせるのに十分な威力を秘めていた。
 本来ならアンナも付いてくる予定だったのだが『急にお腹が痛くなりました。ということであたしは遠慮しておきますフフフ』と遠慮してくれたので、これからほぼ丸一日、彼とふたりきりということになる。
 フランチェスカはマティアスにもたれたまま、ちらりと彼の顔を見上げた。
 窓の外を眺めるマティアスの精悍な横顔は、窓から差し込む太陽光に彩られ金色に輝いていた。少し眩しいのか目を細めている、その顔が妙にセクシーに見えて、フランチェスカの胸はもう破裂寸前だ。
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