絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「い、いえ……私は、そうするように作家に頼んだだけですから。私はなにもしておりませんっ」

 そう――。BBはフランチェスカだが、マティアスにそれを知られるわけにはいかない。
 これはフランチェスカが『頑張った』成果ににしてはいけないのだ。
 だがマティアスは、唇を引き結ぶフランチェスカを見おろして、軽く緑の目を細める。

「?」

 首をかしげると同時に、彼は手を伸ばしてフランチェスカの頭をぽんぽんと撫でる。

「っ!?」
「それでも、あなたが頑張ってくれていることには変わらないので」
「――はい」

 優しいマティアスの声に、心がぽかぽかと温かくなっていく。

「あの……マティアス様はあくまでも領主の仕事が第一ですから。出てもらえるだけで本当に嬉しいです」

 フランチェスカは照れつつそう言うと「では読み合わせの練習をしましょうか」と夫を見上げた。

「ええ」

 マティアスはにっこりとうなずいて、改めてフランチェスカが膝の上に広げた脚本を覗き込んだ。
 これはふたりの共同作業だ。

(とりあえずお芝居を成功させることを励みにがんばろう!)

 フランチェスカは緩む頬を必死に引き締めつつ、彫刻のように美しい夫の端整な横顔を見つめたのだった。



 そうしてマティアスとフランチェスカの稽古は順調に始まったかのように見えたのだが――。

「フランチェスカ。体は大丈夫ですか?」
「はっ、はいっ」
「ですがお顔が強張っているようだ。列車は揺れますので、どうぞ俺に寄り掛かってください。その……おいやでなければ」

 決して無理強いはしない雰囲気の、こちらを気遣っている声に『おいやではないです。むしろぎゅっと抱き着いていたいです』と心の中で叫びながら、フランチェスカはおそるおそるマティアスのたくましい体にもたれるように寄り添った。

「失礼します」

 そう言って、フランチェスカの肩を支えるマティアスの手は、今日もあたたかい。

(まさかマティアス様と一緒に王都に行けるなんて……! 嬉しすぎるわ~!!!)

 フランチェスカは脳内で歓喜の声をあげた。
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