絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
(マティアス様が八年ぶりに王都に行くのは……アンナがいうように、私のことを好ましく思い始めてくださっているってこと?)

 八年間避け続けてきた王都に足を踏み入れるのは、わりと大きな決断だと思うが、自分がきっかけでその気になったと言われると少し嬉しい。

(調子にのってしまいそうだわ)

 もしかしたら本当に、彼は自分を愛するようになってくれるのかもしれない。
 そう思うとフランチェスカの胸はどうしようもなく弾むのだった。



 王都に到着後、馬車に乗り換えて中央広場のすぐそばにある集合住宅へ向かった。

「マティアス様、ここは?」

 てっきりそのまま仕立て屋に行くものだと思っていたフランチェスカは、マティアスに手を取ってもらいながら建物を見上げる。

「俺のタウンハウスです。少し休憩しましょう」
「でも……時間が惜しいです」

 『時は金なり』だ。衣装の打ち合わせをして家族の顔を見て、今日中に帰るつもりだった。休憩なんかしていられない。
 口ごもるフランチェスカを見て、マティアスは軽く目を細める。

「まぁ、そう言わずに。たまには部屋に風を通したいので、付き合っていただけませんか」
「はい……」

 そこまで言われたら断れない。彼と一緒に建物に入る。
 建物は五階建ての集合住宅だった。古めかしいエレベーターに乗り込み最上階で降りる。ワンフロアすべてがマティアスの持ち物らしい。領内の屋敷をほうふつとさせる、シックで品のいい家だった。

「いつご用意されたんですか?」
「ダニエルを雇ってからなので、六、七年ほど前ですね。当時は必要ないと突っぱねたんですが、用意していてよかった」

 マティアスはあちこちの窓を全開にしてまわりながら、着ていた上着を脱ぎソファーの背もたれにのせる。

「お茶を用意するので座っていてください」

 たまに掃除を入れさせているらしいが、使用人を常駐させているわけではないので、なにをするにも『自分で』ということになる。
 フランチェスカも「では私が」と申し出たのだが、十八年間一度も自分でお茶の用意などしたことがなかったことを見透かされていたらしい。改めて「座っていてください」と、眺めのいい窓辺の寝椅子に座らせられてしまった。

(どこの世界に旦那様にお世話をさせる妻がいるかしら……)

 と思ったが、彼の言うとおり、フランチェスカは疲れ切っていたらしい。一度座ってしまうと、もう立ち上がる気力が微塵も湧いてこなかった。
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