絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる

「フランチェスカ?」

 マティアスは少し不思議そうに目を見開いたが、どこか必死な様子のフランチェスカを見て、理解したのかしていないのか、無言で小さくうなずいた。

「……っ」

 その曖昧な反応に胸が焦れる。
 フランチェスカは座席シートから立ち上がると、キャビンの中に体半分だけ入れているマティアスの肩に手を置き、ぐいっと手前に引き寄せながら、マティアスの額に唇を押し付けていた。

 マティアスはフランチェスカより頭ひとつ分以上背が高いので、いつもならこんなことはできなかっただろう。
 その突然のキスに、マティアスは無言でビクッと体をふるわせて硬直してしまった。

 なにかを考えてやったわけではない。咄嗟の行動だが、本当は唇にしたいのを嫌われたくないから我慢した自覚もあるし、あまり褒められた態度ではないのは自分でもわかっている。

「こっ、これはおやすみのキスの前借りですっ」

 だから何かを言われる前に最初に言い切ってしまった。

「――そうですか」

 フランチェスカのつたない言い訳を聞いてマティアスはうめくように言うと、少し困ったように微笑みながらフランチェスカの首の後ろに手を回し、そうっと顔を近づけて頬にキスをくれた。

「いつもあなたには驚かされてばかりです。フランチェスカ」

 そしてマティアスは後ろに跳ねるようにキャビンから降りると、ドアを閉めて御者に出るように合図する。

「行ってくれ」
「マティアス様……! 約束ですよ、絶対、迎えに来てくださいね!」

 馬車はすぐに動き出してしまったから声は届かない。
 その場に立ち尽くしていたマティアスが、馬車が見えなくなるまでどんな表情で見送っていたか、知らないまま。
 フランチェスカは切ない思いで、そう言わずにはいられなかった。

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