絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 冬のシドニアは山を越えて吹きこんでくる冬の風は凍えるほど冷たいが、どこを掘っても温泉が出るほど地熱が高く、寒さの割には積雪量はそうでもないらしい。街中に市民浴場も複数あり、屋敷でも豊富に湧き出る温泉を引いて湯船に貯めたり、料理や洗濯にも利用している。
 数百年前は保養地として一世を風靡していたらしいが、その頃の賑わいを取り戻せたらきっとシドニアはまた豊かに蘇るだろう。

(『シドニア花祭り』はそのための大事な一歩……必ず成功させなくちゃ)

 決意を新たにしていると、正門から一台の馬車が敷地内に入ってくるのが見えた。

「あっ」

 マティアスだろうか。慌てて椅子から立ち窓から外を覗き込んだ。だがその馬車は明らかに上等だった。

(お父さまかお兄様のお客様かしら……)

 途端に興味を失って、フランチェスカはすっと椅子に座りなおす。
 いっそのことマティアスをタウンハウスまで迎えに行こうかと思ったが、彼は彼で家族に挨拶をするつもりだろうし、行き違いになっては元も子もない。

(マティアス様にも、こちらで休んでいただきたかったな……)

 仲良し一家であるヴェルベック家の家族団らんのために、フランチェスカだけ実家に帰らせたと頭ではわかっているが、夫で同じく家族であるはずなのに身をひいてしまうマティアスのことを考え、胸が苦しくなる。
 楽しい時間を過ごせば過ごすほど、ここに彼がいてくれたらと思ってしまうのだった。
 それから間もなくして、メイドが来客を告げに応接間にやってきた。

「ジョエル様、ケッペル侯爵がお越しです」
「カールが、僕に?」

 ジョエルが紅茶を飲みながら、軽く首をかしげた。

 カール・グラフ・ケッペル侯爵は、アルテリア王国の大貴族の一翼を担う公爵の息子で、ジョエルやフランチェスカとは従弟にあたる次期公爵だ。かつては王子の学友として同盟国で盟主でもある帝国への留学にも付き添っていた。エリート中のエリートである。

「父上からはなにも聞いてなかったが……僕が対応しよう。南の応接室にお通しして」
「それが、ジョエル様と一緒にフランチェスカ様にもご挨拶したいということでした」
「私にも?」

 メイドの発言に、兄と妹は顔を見合わせる。

 なぜ、どうして?
 少し考えたが、そもそも挨拶くらいは最初からするつもりだった。うなずいてジョエルと一緒に応接室へと向かうことにした。

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