絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 すぐに自分の気持ちを正直に打ち明けるべきだったのに、ティアスはその一線を越えなかった。
 我ながらゾッとするほどズルいやり方だ。

 フランチェスカはなにも悪くない。本当に悪いのは、心の底から人を信じられない自分なのだから。
 ルイス含めた部下たちや、ダニエルたちのことは信用している。だがそれは彼らにマティアス以外にもっと大事なものがあるから、いざとなればあっさり縁が切れることに安心して信用しているのだ。
 一方フランチェスカは『白い結婚』とはいえ、結婚証明書にサインをして、家族になった女性だ。
 いっそ自分の思うがまま、彼女を愛せたら――そう思うが、誰かを愛することは、己をさらけ出すことで。
 常に死と隣り合わせで生きてきたマティアスには、自分の弱点を見せることなど、まさに死に等しい耐えられない所業だった。

 マティアスはグラスを口元に運びながら、ぎゅっと眉根を寄せる。

「いっそ……全部捨てるか?」

 部屋を埋め尽くすかわいらしい人形たち。
 誰にも頼れなかった自分を陰ながら癒してくれたこの子たちを捨てて、なかったことにしたら――。フランチェスカとの関係も変わるだろうか。
 次の瞬間、そんな自分の独善に吐き気が込み上げた。
 自分の心を癒してくれた人形たちを捨てるなんてありえない。

「俺はだめな男だな……」

 正直言って、こんなことに気づきたくなかった。
 目を伏せると、暗闇が世界を覆う。
 マティアスの誰に聞かせるでもないつぶやきは、静寂の中に溶けていった。



 それからどれほど時間が経ったのか――。
 マティアスは激しいノックの音で目を覚ました。どうやら寝入ってしまっていたらしい。カーテンの向こうが暗いのはわかるが、正確な時間はわからない。

「……うるせぇ」

 ソファーで寝ていたマティアスは、よろりと起き上がりながらドアへと向かう。

「誰だ……」

 かすれた声でドア越しに尋ねると、
「私です。ダニエルです」
 と、はきはきした返事が返ってきた。

「ダニエル?」

 その瞬間、全身からサーッと血の気が引く。この部屋のことは誰にも知られていなかったはずだ。
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