絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「なぜここに?」
「調べましたので」

 当たり前の返事で、膝から力が抜けそうになった。
 マティアスはドアノブに手をかけたまま立ち尽くしていたが、しぶしぶ薄くドアを開けて外を覗き込む。
 ドアの隙間からこちらを覗く、気難しそうな眼鏡顔は間違いなくダニエルのものだった。

「入れてください」

 グイグイと押されたが、そもそも力でマティアスが負けるはずがない。
「嫌だ」

 それ以上の力で押し返す。

「なんの用だ。そこで言えっ」
「立ち話もなんですから、部屋の中に入れていただきたいです」
「その必要はない!」

 そうやってしばらくの間、諦めないダニエルと押し問答していたのだが、ほんの少しドアが押された次の瞬間、隙間にダニエルの鏡のように美しく磨かれた靴が差し込まれる。まるで取り立てだ。

「どうしてそこまでやるんだよ……」

 マティアスは半分呆れつつ、ため息をついた。
 部屋の中にはポポルファミリーのコレクションが所狭しと飾られている。いくら家令であっても、見せるわけにはいかないのだ。

「旦那様、私を信じてください。たとえあなたがあのかわいらしい奥様を裏切っていたとしても……まぁ正直ものすごく腹は立ちますが、私はあなたの味方でいたいと思っています」

 ドアの向こうから聞こえるダニエルの発言に、
「――は?」
 さて、どうやって帰宅願おうかと思っていたマティアスは耳を疑った。

「俺が、なんだって?」
「私はあなたの味方だと申し上げたのです」
「その前だ!」

 思わず大きな声が出てしまった。

「だから、フランチェスカ様を裏切っていたとしても、です」

 顔を見なくてもわかる。ダニエルは真面目くさった顔で、なおかつ本気でそう口にしている。

「ちょっと待て」

 マティアスは押さえていたドアを少しだけ引いて、ダニエルに顔を近づけた。

「俺はフランチェスカを裏切ってなどいないが?」

 他人ときちんとした関係を築けない男だという自覚はあるが、『白い結婚』でも『結婚』には違いない。フランチェスカを傷つけるようなことはしないと心に決めている。
 ダニエルがそばにいたのは六、七年程度だが、誰よりも近くにいたのだからマティアスの女性関係など知っているはずだった。
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