絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「不可抗力な……」
ダニエルは頬杖をついてため息をつく。
八年経った今でも、あの時のことを微に入り細に入り、マティアスは思い出せる。
「叙勲の儀のために王城に向かう途中、雨にぬかるんだ悪路のせいで、馬車の車輪が外れて往生している貴族がいた。誰もが横を通り過ぎて助ける様子がなかったから声をかけたんだが……俺は儀式に大遅刻することになった」
本来なら『人を呼ぶ』とでも言って、王城に向かうべきだったのはわかっている。
だがマティアスは、目の前で困っている人間を無視できる男ではなかった。
馬車を降り、供の者たちと一緒に馬車を道に戻し、外れた車輪を嵌めて送り出した。しみ一つなかった白い軍服は泥だらけになってしまった。
着替えに戻るべきだとわかっていたが、その時点ですでに遅刻だし、侯爵家が用意した儀礼服を着て行かないという選択もなかった。
結果、遅刻の上、泥だらけの衣装で叙勲の儀に参加するという、大惨事になってしまったのである。
「遅れた理由を、正直に話して申し開きされればよかったのに」
ダニエルが不満そうに口にしたが、マティアスは肩をすくめる。
「はぁ? 遅刻を人のせいにできるわけないだろう。それに俺が『礼儀知らずの野良犬』と中傷されるようになっても、助けた貴族は名乗り出てはこなかったんだぞ。俺の名誉を回復しようとはしなかった。俺なんかに関わったことを恥じたんだろう。それがすべてだ」
おそらく馬車には、かなり身分の高い貴族が乗っていたはずだ。
彼らはマティアスに助けてもらいながらも、その一方で素性もわからないやつに貴人を近づけないぞという警戒態勢を一度も崩すことはなかった。そして馬車が元通りになると、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。
泥だらけのまま雨に打たれ、マティアスはその馬車を見送った。
(別に、なにかしてほしくて助けたわけじゃない……)
褒美をやると言われても断っていただろうし、恵んでもらうのも業腹だ。
だが感謝の言葉くらい伝えても、いいのではないか――そう思ってしまった自分に心底腹が立った。
貴族にとって平民は犬以下だということを忘れてはいけない。
ダニエルは頬杖をついてため息をつく。
八年経った今でも、あの時のことを微に入り細に入り、マティアスは思い出せる。
「叙勲の儀のために王城に向かう途中、雨にぬかるんだ悪路のせいで、馬車の車輪が外れて往生している貴族がいた。誰もが横を通り過ぎて助ける様子がなかったから声をかけたんだが……俺は儀式に大遅刻することになった」
本来なら『人を呼ぶ』とでも言って、王城に向かうべきだったのはわかっている。
だがマティアスは、目の前で困っている人間を無視できる男ではなかった。
馬車を降り、供の者たちと一緒に馬車を道に戻し、外れた車輪を嵌めて送り出した。しみ一つなかった白い軍服は泥だらけになってしまった。
着替えに戻るべきだとわかっていたが、その時点ですでに遅刻だし、侯爵家が用意した儀礼服を着て行かないという選択もなかった。
結果、遅刻の上、泥だらけの衣装で叙勲の儀に参加するという、大惨事になってしまったのである。
「遅れた理由を、正直に話して申し開きされればよかったのに」
ダニエルが不満そうに口にしたが、マティアスは肩をすくめる。
「はぁ? 遅刻を人のせいにできるわけないだろう。それに俺が『礼儀知らずの野良犬』と中傷されるようになっても、助けた貴族は名乗り出てはこなかったんだぞ。俺の名誉を回復しようとはしなかった。俺なんかに関わったことを恥じたんだろう。それがすべてだ」
おそらく馬車には、かなり身分の高い貴族が乗っていたはずだ。
彼らはマティアスに助けてもらいながらも、その一方で素性もわからないやつに貴人を近づけないぞという警戒態勢を一度も崩すことはなかった。そして馬車が元通りになると、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。
泥だらけのまま雨に打たれ、マティアスはその馬車を見送った。
(別に、なにかしてほしくて助けたわけじゃない……)
褒美をやると言われても断っていただろうし、恵んでもらうのも業腹だ。
だが感謝の言葉くらい伝えても、いいのではないか――そう思ってしまった自分に心底腹が立った。
貴族にとって平民は犬以下だということを忘れてはいけない。