絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 この八年、領地運営が思うようにいかない時があっても、せっかく開墾した畑が長雨でだめになった時でも、人前では弱音一つはかず、自分の心を小さな人形を眺めることで癒すようになった。

 他人に弱みは見せられない。だがささくれた心を慰めたい。

 そういう時は、モノを言わぬつぶらな瞳の人形を見ていると、不思議と心が落ち着くのである。辛いことがあっても『大丈夫』『自分なら乗り越えられる』と励ましてもらえているような、そんな気になるのだった。

 そして気が付けば、八年間でコレクションは膨大な数になっており、マティアスは心労が重なると秘密の別宅へ赴き、ワインを飲みながら人形を眺めるという、とても人様には話せない趣味をもつことになった。
 三十五の男がやることではないと頭ではわかっているが、どうにもやめられない。

 正直言って、自分にこんな『癖(へき)』があることをマティアスは知らなかった。
 生まれた時から体格がよく、十代前半ですでに大人より頭ひとつ背が高かったマティアスは、自分は『男らしい男』だと思っていた。だがその一方で、小さくて愛らしい、無垢な人形に心を寄せ、癒されている。
 この趣味は絶対に秘密だ。男らしくないどころか、女児用の玩具をこっそり愛でて心の支えにしているなんて、気持ち悪いとなじられるに決まっている。

(そんな俺が、結婚なんてしたってうまくいくはずがない……そうだろ?)

 もし万が一、フランチェスカが兄のジョエルと同じ、偏見を持たない公平で義理堅い女性だったとしても、人形を眺めながら酒を飲む男だと知れたら、軽蔑されるに決まっている。

「絶対に、知られるわけにはいかないんだ」

 マティアスはうさぎの人形に顔を寄せ、祈るように目を伏せると、何度目かのため息をついたのだった。

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