絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
(兄に言われたから俺と結婚すると決めたらしいが……)

 マティアスは叙勲されてから一度も王都に上がっていない。貴族との付き合いはほぼゼロだ。
 もともとなんの縁もゆかりもないシドニア領だったが、八年の間にマティアスはこの土地に愛着を持った。おそらく自分はここで一生を終えるだろう。
 だがフランチェスカはどうだ。
 自分と結婚しても、彼女は華やかな場所で咲くことはできない。

「こんな若くて美しい娘が、かわいそうに……」

 マティアスは彼女を起さないようにゆっくりと頭の下と膝裏に手を入れる。ベッドの中央に寝かせて、上から毛布をかけた。
 それから自分はベッドの横の長椅子に向かい、クッションを頭の下に入れつつ、両足を投げ出すようにして横になった。ちらりとベッドを見つめると、フランチェスカは相変わらずすやすやと眠っている。
 カーテンの隙間から注ぎ込む月光が、彼女の金髪を鮮やかに輝かせていた。
 自分はいい年をした三十男だ。しかも人に言えない、男らしくない趣味を持っている。どう考えても侯爵令嬢の夫になる器ではない。

(彼女には考える時間が必要だ)

 のちのちフランチェスカが後悔することにならないよう選択の余地を残すことが、侯爵から言われた『フランチェスカを大事にする』ことなのではないだろうか。

(少なくともここで欲に負けて抱いちまったら、取り返しがつかねぇよ……)

 三十五年生きてきて、据え膳を食わなかったのは生まれて初めてだが、仕方ない。
 マティアスは何度も深呼吸を繰り返し、己の煩悩を必死で脳内から追い出しながら、目を閉じたのだった。
< 43 / 182 >

この作品をシェア

pagetop