絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 物言いは優しいが、彼は自分の考えを微塵も変える必要を感じていない。その口ぶりからして、フランチェスカと一年かそこらで離縁するつもりなのではないだろうか。

(どうしよう……)

 マティアスの考えていることがわからない。
 なんと言っていいかわからず黙り込んだフランチェスカは、ぎゅっとこぶしを握る。
 一方マティアスはどこか肩の荷を下ろしたようなホッとした表情で、フランチェスカの手をそうっと両手で包み込んだ。

「貴方のためです、フランチェスカ様」

 その瞬間、なぜか胸がズキッと痛くなった。
 言葉もこちらを見つめる瞳も、冷えた体を温めるような体温も、なにもかも優しいのに、突き放されている気分になる。

 きっと彼はもう決断してしまったのだ。
 初夜に寝いってしまうような子供を見て、妻にはできないと心に決めてしまったのだろう。
 目の奥がカッと熱くなって、喉がつまる。
 不安を振り払うように叫んでいた。

「っ……ではせめてフランチェスカとお呼びください。仮に表向きだとしても私はあなたの妻になったのですからっ!」

 咄嗟にそう言い返していたのは、いったいどういう感情からなのだろうか。
 自分のことなのになぜかわからない。だがフランチェスカは、マティアスに他人行儀に扱われたくなかった。

 どこか思いつめたようなフランチェスカを見て、マティアスは一瞬驚いたように緑の目を見開いたが、
「わかりました、フランチェスカ。あなたは表向き、俺の妻です。いいですね?」
 そしてフランチェスカの前髪をかき分けて唇を寄せる。

 口調も、触れるだけのキスも子供に言い聞かせるような雰囲気はあったが、もとはと言えば自分のせいだ。

「はい、マティアス様……」

 フランチェスカはしぶしぶうなずいたのだった。

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