絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 マティアスは奥歯を噛んで表情を引き締めつつ、ルイスに尋ねる。

「で、どこに連れて行った?」
「行商人が集まってる中央通りを散策したよ。市場を見て周った後は、奥様は読書が趣味だって聞いたから、書店に行った」

 ルイスが指を確かめるように折りながら説明する。

「お前なぁ……中央通りは確かに活気があるが、人が多い分危ないだろう。少なくとも女性だけで歩かせる場所じゃないぞ」

 中央通りは文字通りこの町で一番栄えている通りで、文字通りシドニアが始まったともいえる場所だ。通りの中心地に公舎があり、王都から着いてきた五十人の部下がそれぞれの得意分野で働いている。マティアスが毎日律儀に出勤している場所でもある。

「だからそのために俺が護衛についてたんだろ? なにもなかったよ」

 ルイスは薄い唇の両端を面白そうにやんわりと持ち上げて机から降りると、スタスタとドアの方に向かい、ガチャリとドアを開けて「奥様、どうぞ」と舞台役者のように膝を折った。

「マティアス様」
「――は?」

 手に帽子を持ったフランチェスカが、ニコニコしながら執務室の中に入ってくる。
 彼女が姿を現した瞬間、あたりがパッと輝くように明るくなったが、それどころではない。

「ちょっと待て。なぜここにお連れした、ルイス!」

 マティアスは慌てて椅子から立ち上がり、フランチェスカの元へと駆け寄った。

「ルイスを叱らないでください。私がマティアス様が働いている公舎を見てみたいと言ったんです」

 するとフランチェスカにかばわれたルイスが、首の後ろのあたりをクシャクシャとかき回しながら、へへっと笑って肩をすくめる。

「外から建物を見たってつまらないでしょう。だから執務室にお連れしたんです。新婚早々仕事尽くしなんて、奥様がかわいそうじゃないですか。ねっ?」

 ルイスはパチンとウインクをすると、「では失礼します」と林檎をかじりながら楽しげに執務室を出て行った。
< 54 / 182 >

この作品をシェア

pagetop