絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる

(あいつ……!)

 まさかフランチェスカを公舎に呼ぶとは思わなかったが、今更ルイスを咎めても仕方ない。マティアスは腰に手を当てて大きくため息をつく。

「……急にお邪魔してごめんなさい」

 フランチェスカが申し訳なさそうにしゅんと肩を落としたので、マティアスは慌てて首を振った。

「いえ、あなたに対してため息をついたのではないです。ただその……本当にびっくりして。それだけですよ」

 するとフランチェスカはホッとしたように顔を上げて、またにっこりと微笑んだ。

「よかった。ご迷惑ではないかと不安だったんです」

 軽く首をかしげるフランチェスカは、まるで陶器でできた人形のようだった。身に着けているのは贅を尽くしたものではなく、街を歩く普通の女性のような服だったが、なぜこんなに光り輝いて見えるのだろう。
 ふと唐突に、脳裏にポポルファミリーの青い目をした白猫ちゃんが浮かぶ。

(いや可愛すぎないか!?)

 心の叫びをおくびにも出さなかった自分を褒めてもらいたい。マティアスは表情を取り繕いながら、彼女の顔を覗き込んだ。

「すぐに屋敷まで送らせます。少しお待ちいただけますか」

 領主の仕事は一日休むとあっという間に増えていく。今日はもう少し片付けてから帰りたかった。
 だがフランチェスカはうなずかなかった。

「いえ、マティアス様の仕事が終わるまで、本を読んで待っています。一緒に帰りましょう。お食事も一緒にしたいです。朝、一緒にお茶も飲めなかったので」
「は?」
「邪魔はしませんから。大人しくしています」

 そしてフランチェスカは部屋の中を見回し、執務室に置いてあった予備の椅子にちょこんと腰を下ろすと、胸に抱えていた紙袋から一冊の本を取り出した。うっとりした表情で表紙を眺め、指先でタイトルをなぞった後、恭しい態度で本を開く。
 マティアスは生まれてこのかた『きちんと椅子に座って本を読む』経験を一度もしたことはなかったので、その姿に祈りに似たようななにかを感じ、なんだか尊いものを見た感覚になった。

(ルイスが『奥方様は読書が趣味』だと言っていたが……本当だったんだな)
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