絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「楽しい?」
「はい。どうかお嬢様をお認めいただきますよう……お願いいたします」
アンナは深々と頭を下げた後、ダニエルを手伝うと言って部屋を出て行った。
「――なぜ、と思ってはいけないんだろうな」
BBとの関係はいったん保留するとしても、妻として認めてほしいという彼女の気持ちに疑う余地はないのだ。
マティアスは深々とため息をつき、それからくしゃくしゃと赤い髪に指を入れて強引にかき回す。
妙に落ち着かない気分になって、そのまま部屋の中を見回した。
(それにしても、若い娘の部屋とは思えないくらい質素だな……)
花嫁を迎えるつもりがまったくなかったので、部屋の改装は一切されてない。そのうち壁紙を貼りなおしたり調度品を新しくしたいと言われるだろうと思っていたのだが、ずっとそのままだ。
フランチェスカは侯爵領の一部と、莫大な持参金とともに嫁入りしている。
結婚時に交わした契約では、離縁時には利子をつけて全額妻に返却としているのだが、ダニエルからは『安定した資産運用で利子は十分賄えますけど、くれぐれも離縁されないようにしてくださいね!』ときつく言い渡されているほどの大資産だ。
ダニエルに離縁予定の『白い結婚』だと告げたら、憤死されてしまうかもしれない。その日が来るまで内緒にしておかなければならないだろう。
とにかく――それほどの資産家であるはずなのに、ダニエルがフランチェスカから頼まれたのは、レターセットや文具、町を歩くのに違和感がないような普段着を数枚くらいで、豪華なドレスやアクセサリーなどひとつも欲しいと言ってこないらしい。
マティアスが知っている貴族は、男女問わずいつも豪華な衣装に身を包み、夜ごと酒とギャンブル、そして美しい愛人に溺れて享楽的な生活を送っている者ばかりだったので、フランチェスカが特別に変わっているのだろう。
(本当に……俺が知っている貴族の誰とも違うな)
なんとなく手持無沙汰で、窓の近くの書き物机に近寄る。
机の上には花祭りに関する書類や報告書等々が積まれていた。誰もこれを見て侯爵令嬢の机の上とは思わないだろう。
散らばっているのが気になって、つい片付けてやろうかと書類をまとめていると、そのうちの一枚がひらりと床に落ちてしまった。
何も思わず拾い上げたところで、『マティアス様をモデルに』という一文が目に入る。
「……ん?」
妻とはいえ、プライベートな手紙を勝手に盗み見るつもりはなかったが、己の名前があったのでつい視線で文字を追っていた。
「はい。どうかお嬢様をお認めいただきますよう……お願いいたします」
アンナは深々と頭を下げた後、ダニエルを手伝うと言って部屋を出て行った。
「――なぜ、と思ってはいけないんだろうな」
BBとの関係はいったん保留するとしても、妻として認めてほしいという彼女の気持ちに疑う余地はないのだ。
マティアスは深々とため息をつき、それからくしゃくしゃと赤い髪に指を入れて強引にかき回す。
妙に落ち着かない気分になって、そのまま部屋の中を見回した。
(それにしても、若い娘の部屋とは思えないくらい質素だな……)
花嫁を迎えるつもりがまったくなかったので、部屋の改装は一切されてない。そのうち壁紙を貼りなおしたり調度品を新しくしたいと言われるだろうと思っていたのだが、ずっとそのままだ。
フランチェスカは侯爵領の一部と、莫大な持参金とともに嫁入りしている。
結婚時に交わした契約では、離縁時には利子をつけて全額妻に返却としているのだが、ダニエルからは『安定した資産運用で利子は十分賄えますけど、くれぐれも離縁されないようにしてくださいね!』ときつく言い渡されているほどの大資産だ。
ダニエルに離縁予定の『白い結婚』だと告げたら、憤死されてしまうかもしれない。その日が来るまで内緒にしておかなければならないだろう。
とにかく――それほどの資産家であるはずなのに、ダニエルがフランチェスカから頼まれたのは、レターセットや文具、町を歩くのに違和感がないような普段着を数枚くらいで、豪華なドレスやアクセサリーなどひとつも欲しいと言ってこないらしい。
マティアスが知っている貴族は、男女問わずいつも豪華な衣装に身を包み、夜ごと酒とギャンブル、そして美しい愛人に溺れて享楽的な生活を送っている者ばかりだったので、フランチェスカが特別に変わっているのだろう。
(本当に……俺が知っている貴族の誰とも違うな)
なんとなく手持無沙汰で、窓の近くの書き物机に近寄る。
机の上には花祭りに関する書類や報告書等々が積まれていた。誰もこれを見て侯爵令嬢の机の上とは思わないだろう。
散らばっているのが気になって、つい片付けてやろうかと書類をまとめていると、そのうちの一枚がひらりと床に落ちてしまった。
何も思わず拾い上げたところで、『マティアス様をモデルに』という一文が目に入る。
「……ん?」
妻とはいえ、プライベートな手紙を勝手に盗み見るつもりはなかったが、己の名前があったのでつい視線で文字を追っていた。