絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 看病はいつもアンナの役目だった。だがフランチェスカの体を抱き上げて、おっかなびっくりな手つきで熱さましを飲ませてくれるこの手は、アンナのものではない。

(誰なの……?)

 意識が朦朧して、今自分が置かれている状況が夢か現実かもわからない。
 はぁはぁと肩で息をしていると、慈しむように額の汗が冷たい布で拭われる。

「苦しいな……かわいそうに。早く熱が下がるといいんだが」

 何度か瞬きをすると、こちらを見おろす緑の瞳が目に入った。

(きれい……)

 じいっと見つめていると、その瞳が柔らかく細められる。

「目を閉じなさい」
「……」

 そう言われて少し不安になる。
 目を閉じたらもう二度と戻ってこれなくなる気がして、怖い。
 そんなフランチェスカの不安をくみ取ったのか、

「大丈夫だ。あなたをひとりにはしない。ずっとそばにいる」
「……ほん、とに……?」
「ああ。本当だ。おやすみ、フランチェスカ」

 緑の瞳の主はそう言うと、優しくフランチェスカの額に口づけた。

 次に目が覚めた時、フランチェスカの体はぶるぶると震えていた。
 朝か昼かもわからない。ただひたすら寒くて辛い。
 歯がカチカチとぶつかって頭の中で深いな音が響く。

「どうした、フランチェスカ」

 低い声で尋ねられた。
 兄でもない、父でもない。だが問いかける声は優しい。

「さ、さむい……寒いの……」

 助けを求めるようにつぶやくと、体の上に毛布が重なった。結果、ずしりと重くなったが震えは止まらない。
 暖炉で十分部屋は暖められているはずなのに、根本的に体が冷えているのだ。指先は氷のように冷たくこのままぽきりと折れてしまう気がする。

 がちがちと歯を震わせているフランチェスカだったが、
「……まだ寒い?」
 頭上から、少し困ったような声が響いた。

 ややしてベッドがギシッと沈み、それからフランチェスカの全身が、あたたかい何かに包み込まれた。

「すまない。いやだったら言ってくれ」

 そこでようやく、自分がずっしりとたくましい体に抱きしめられていることに気が付いた。
 全身を抱えるように抱かれているので、まるで赤ちゃんにでもなった気分だが、その人の体は燃えるように熱く、一気に震えが止まった。じわじわと体全体を温められているようだ。
< 89 / 182 >

この作品をシェア

pagetop