絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「あったかい……」

 フランチェスカはぼんやりしながらつぶやく。
 うんと小さい頃、ふかふかのぬいぐるみをベッドにたくさん入れていたことを思い出していた。
『ひとりで寝るのは寂しくて怖い』と兄に言ったら、王都中から買い集めたぬいぐるみをプレゼントしてくれたのだ。
 もしかしたら、あのぬいぐるみたちが自分を温めてくれているのだろうか。
 高熱で頭がぼうっとしているが、脳内に大きなぬいぐるみが自分を抱っこしている姿が浮かんで、胸がほっこりとあたたかくなる。

(うれしいな……)

 ぼうっとする頭のまま、すり、と胸のあたりに頬を寄せる。ぬいぐるみはビクッと大きく身震いしたが、結局フランチェスカの肩を抱きよせてくれた。

「震えが止まったな。よかった」

 そして軽いため息とともに、おでこの生え際あたりに吐息がふれる。
 フランチェスカを慈しんでくれる優しい声。あたたかい温もり。
 家族を愛するのとは違う感情がフランチェスカの心を満たしてゆく。

(違う……これはぬいぐるみじゃない……)

 その瞬間――まるで天啓のようにフランチェスカの脳天を、痺れるような稲妻が貫いた。

(マティアス様……?)

 ああ、そうだ。ようやく思い出した。
 自分をかいがいしく世話してくれているこの人は他の誰でもない、フランチェスカの夫だ。

 マティアス・ド・シドニア。
 貴族社会に振り回されながらも責任を放棄せず、目の前の仕事を懸命にやりとげようとする、とてもまじめな人。
 そこでようやく、自分があれこれと根を詰め過ぎた結果、倒れてしまったことをひとつなぎに思い出していた。
 倒れてからいったいどのくらい時間が過ぎたのだろう。

「わたし……また、倒れて……?」

 忙しい夫に負担をかけたのだと思うと、情けないやら申し訳ないやらで涙が出てきた。

(泣きたくないのに……)

 だが体が弱ると、心まで弱ってしまうのだ。
 唇を引き結んだ瞬間、こらえきれずに溢れた頬の涙が指でぬぐわれる。

「謝らないでください。誰もあなたを責めたりはしませんよ」

 そう言うマティアスの声は優しく、逆立ったフランチェスカの心を優しく撫でつけてくれた。

「でも……」
「本当です。一生懸命に頑張った人を、笑うやつはここにはいない」
「――マティアスさまも……?」

 おそるおそる問いかけると、マティアスは小さくうなずいた。

「そうですね。俺もあなたみたいな人にはすこぶる弱くて……好きですよ」

 少し恥ずかしそうに、でもきっぱりとマティアスは言い切った。
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