侯爵閣下。私たちの白い結婚には妥協や歩み寄りはいっさいないのですね。それでしたら、あなた同様私も好きなようにさせていただきます
 わずかに頭を振り、どうでもいいことを振り払った。その瞬間、カッと頭に血が上った。

 彼は、知らないのである。それなのに、まるで見ているかのように言った。
 彼の美貌には、自信からくる勝ち誇った表情が浮かんでいる。

 より腹が立つのは、わたしへの褒め言葉以外はすべて正しいということ。

「まっ、おれも性急すぎたかな? だが、冷静に考えた方がいい。きみのようなレディを蔑ろにするおっさんに尽くす必要なんてない。人生は一度きりだ。まだ若いんだし、もっと楽しまないと。これ、おれの住所。気が変わったら、いつでも来てくれていいよ。気長に待っているから」

 拳を握りしめ、ワナワナと震えてしまった。ノーマンは、そのわたしの拳をこじ開けて無理矢理紙片を握らせてきた。それから、「じゃあ」と軽い調子で去ってしまった。

「クーン」

 彼に渡された紙片を握りしめ、怒りに身を委ねたままアールに近づいた。

 アールは、狼面をわたしの太腿にこすりつけて慰めてくれる。

 怒っているのは、もちろんノーマンに対して。

 だけど、自分自身にもである。

 ノーマンになにも言い返せなかった自分に対して。

 彼に「侯爵はそういう人ではない」、と言い返せなかった自分に対してである。

 アールのリードを握り、トボトボとダウリング侯爵邸へ帰った。


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